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2025年11月

1ヶ月前クマに従業員が殺されて食べられた「瀬見温泉」。道の駅「もがみ」から再訪(トイレ○仮眠△休憩◎景観○食事○設備○立地○)

古くから新庄の奥座敷としてにぎわってきた「瀬見温泉」は、小国川の左岸に開けた静かなたたずまいの温泉街である。 兄・源頼朝の追っ手を逃れて奥州平泉を目指していた義経一行が発見したと言われており、義経の子「亀若丸」の誕生に加護があったという子安観音など義経主従にまつわる数々の伝説や旧跡が残されている。 そんな義経ゆかりの名湯「瀬美温泉」で、クマによる従業員襲撃事件が起こるとは。 被害者となった笹崎さん […]

水戸黄門「助さん」「角さん」の故郷へ。二人の出身地近くの道の駅「日立おさかなセンター」から(トイレ○仮眠○休憩○景観○食事○設備○立地○)  

水戸藩第2代藩主徳川光圀公は「水戸黄門」と呼ばれ、昭和のテレビドラマで圧倒的な人気を博した。 私が小6の夏休みにテレビドラマは始まったが、私はすっかりハマってしまい、2学期が始まって早々、学校でみんなの前で股間を指差して「ええい、この陰嚢が目に入らぬか!」と叫んだあと今度は後を見せて「みろ肛門!」とやった。 大ウケしたが直後、先生に思い切りしばかれた、そんな思い出がある。 ちなみに、67歳にして全 […]

上杉・北条間のタイトロープを渡り切った佐野昌綱を訪ねて。道の駅「どまんなかたぬま」から(トイレ○仮眠△休憩○景観○食事○設備△立地○)

栃木県の南西部に佐野市があり、そこに唐沢山城があった。室町~戦国時代の地理でいうと、太平洋側の相模と日本海側の越後の中間点あたり。佐野の地と、唐沢山城とは、この地理的条件によって翻弄され続ける運命を辿る。 唐沢山城が越後と相模の中間点あたりにあることは、こういうことだった。北の越後から勢力をはりだす上杉氏にとってはこの唐沢山城を確保しておけば関東への侵入はきわめて楽になるし、逆に南の相模から北上し […]

国指定重要文化財が紅葉バックに3つセットで見られる西明寺へ。道の駅「ましこ」から(トイレ○仮眠○休憩○景観○食事○設備△立地○)

栃木県は益子町の郊外に位置する高舘山。西明寺はその南斜面の中腹にある。 真言宗豊山派に属し、本尊は十一面観音菩薩。坂東巡礼第20番、下野第13番の札所でもある。 正式名称は「獨鈷山普門院西明寺(とっこさんふもんいんさいみょうじ)」。獨鈷山とは高館山の別名で、栃木百名山にも選ばれた益子のシンボルともいえる山だ。西明寺は全国にたくさんあって、平安時代に仁明天皇の勅願によって三修上人が開山したと伝えられ […]

珍百景「金砂城跡」からバンジーの「竜神大吊橋」へ。道の駅「常陸大宮」から(トイレ○仮眠△休憩◎景観○食事○設備○立地○)

金砂城は、常陸太田市上宮河内町の、西金砂神社あたりにあった山城だ(写真は西金砂神社本殿)。 今から845年前、源頼朝による佐竹氏「追討」での戦いがあった場所であり、佐竹氏「立て籠もり用の山城」としてよく知られている。 この場所は、城跡近くの西金砂神社が、かつてテレビ番組「ナニコレ珍百景」で紹介されていた。 まあ、珍百景に値するほど奇妙な天然の要害だから、さすがの頼朝も攻めあぐねたと言うが、結局は城 […]

男体山、といってもよく知られていない茨城県の奥久慈男体山へ。道の駅「奥久慈だいご」から(トイレ◎仮眠△休憩○景観○食事○設備○立地△)  

男体山(なんたいさん)と言えば、誰もが日光の男体山を思い浮かべるだろう。茨城県にも男体山(奥久慈男体山)があることを知る人は少ないようだ。 しかし、大子町の東南部に位置する奥久慈男体山は標高654メートルの低山だが、奇岩、怪石がつくりだす雄大な景観は奥久慈の奇峰とも呼ばれ、紅葉の季節の美しさは格別だ。 久慈川とJR水郡線と並行して北へ伸びる国道118号線を走って、常陸大宮山方町を過ぎると、一気に道 […]

武田信玄が晴信と名乗っていた時代の「瀬沢の戦い」古戦場へ。道の駅「信州蔦木宿」から(トイレ○仮眠◎休憩○景観◎食事○設備○立地○)

山梨県と長野県の県境付近を走る国道20号線。 富士見町の甲信国境には川が流れていて橋が架かっているが、ここから北にしばらく走ると瀬沢という地名となる。 ここは標高差があるところで道路がS字カーブに曲がり始め、しばらくその道を登っていくと『瀬沢古戦場』の碑がある。この碑がある場所は『血河原』とという物騒な名前がついていて、瀬沢の戦い=瀬沢合戦は、血河原合戦とも言われた。余程たくさんの犠牲者が出たのだ […]

「古賀志山」東麓の「赤川ダム湖畔」、道の駅「うつのみやろまんちっく村」からの「宇都宮餃子」(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事○設備◎立地○)

栃木県宇都宮市地域では、低山を含めると、例年10月下旬~11月末くらいまで紅葉が楽しめる。 2,000メートルを超えるような標高の高い山はもう既に冬の山だが、標高1,000m以下の山などは栃木にはたくさんあって、まだまだ秋の装いだ。その低山の中でも、日本百低山に選定されているなかなかの山が、栃木県宇都宮市の西部にある「古賀志山(こがしやま)」。古賀志山(582.8m)のほか、御岳(標高546m)、 […]

宇都宮氏と那須氏が衝突した「早乙女坂」にあったのは「ドロドロの人間模様」。道の駅「きつれがわ」から(トイレ○仮眠○休憩○景観△食事◎設備◎立地○)

天文18年(1549)、喜連川乙女坂の地で那須氏と宇都宮氏が衝突した。 この戦いでは宇都宮軍の大将・宇都宮尚綱が討たれたが(冒頭写真は尚綱供養塔が収まっているお堂)、この合戦の経緯については那須氏による宇都宮侵攻による衝突という解釈と、宇都宮氏による喜連川方面への侵攻による予防戦争であったという解釈とがあるようだ。 宇都宮氏の那須領への進攻については、遡ること二十余年前、宇都宮氏と岩城氏が組んで那 […]

「那須与一」由来、栃木は「伊王野温泉神社」の紅葉へ。道の駅「東山道伊王野」から(トイレ○仮眠○休憩△景観○食事◎設備△立地○)

630年に創建されたという「伊王野温泉(ゆぜん)神社」には、平安時代の末期には源平合戦で那須与一宗隆が屋島の戦に扇の的を射る際、那須湯泉神社に祈願し見事に的を射抜くことに成功させたといういわれがあり、平家物語にもその記載がある。 与一目をふさいで、「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り […]

八ヶ岳連峰の「三段紅葉」からの、山梨と長野を跨いでの紅葉狩り。道の駅「こぶちざわ」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事○設備◎立地○)   

11月も中旬に入る時期、八ヶ岳の秋はそろそろクライマックスだ。 標高1,000m以下のエリアでもモミジなどは落ち葉の季節になってくると、入れ替わるようにイチョウやカラマツなどが見ごろになる。そして山頂の冠雪が始まればいよいよ有名な八ヶ岳高原大橋からの三段紅葉が見ごろになってくる。 「黄色い橋」の愛称で知られる紅葉の定番スポット、山梨県北杜市の清里・大泉の八ヶ岳高原大橋はまさに今が見ごろ。 落葉も目 […]

関東の反頼朝勢力を一層し平家打倒が加速した「野木宮合戦」へ。道の駅「かぞわたらせ」から(トイレ○仮眠○休憩○景観○食事○設備○立地○)

野木宮合戦とは、寿永2年(1183年)源頼朝に立ちはだかった常陸国(茨城県)志田義弘(頼朝の叔父)を小山政光の子朝政が、野木宮で迎え撃って敗走させた合戦。関東に残っていた反頼朝勢力を消滅させ、頼朝は関東の地盤を磐石にし、勇躍西上して平家打倒へと加速する節目をなった、歴史的にも非常に重要な一戦と位置付けられる。頼朝を倒そうとした志田義広は源為義の三男、つまり源頼朝の叔父である。常陸国志田庄を本拠とし […]

31歳没の短い生涯、たった4年で平家を退け征夷大将軍まで上り詰めた稀代の武将「源義仲」と彼の右筆「覚明」の痛快なコラボを訪ねて

木曽義仲は、源頼朝の従兄弟にあたる人物である。 木曽山中で成長したため木曽義仲とも呼ばれるが、正式な名前を「源義仲」と言い、義経や頼朝らよりも先に平氏を追い詰め、上洛を果たすなど、源平合戦で華々しく活躍したことで有名である。 義仲の人物像は、都の公家と対比される武士像の一典型として『平家物語』や『源平盛衰記』などに鮮やかに伝えられているが、特に、信濃から北陸道を経て京都に進撃する義仲は、めざましい […]

和田英ら工女たち、速水堅曹らが活躍した富岡製糸場へ。道の駅「甘楽」から(トイレ○仮眠○休憩○景観△食事○設備△立地○)

富岡市が企画製作した映画「紅い襷(あかいたすき)~富岡製糸場物語~」をご覧になった方はいらっしゃるだろうか。 ドラマと歴史ドキュメンタリーを織り交ぜ、3年前に世界遺産となった富岡製糸場の価値や魅力を伝える映画で、歴史が大好きな私は近代日本を支えた製糸場や絹の歴史そのものに感動したが、マニアックでおよそ一般にはウケにくい映画ではあった。 キャストは、本作の主人公で明治6年から7年にかけ伝習工女として […]

90%以上が森林である上野村「まほーばの森」へ。道の駅「上野」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事△ 設備○立地△)

群馬県多野郡上野村の山の中にあるリゾート施設「まほーばの森」。 いかにもミーハー受けを狙ったネーミングどおり、カフェをはじめ、山小屋風のコテージやオートキャンプ場、BBQ場などミーハー定番アイテムを揃え、大自然を満喫できるスポットとしてミーハーに人気の施設となっている。 一番の売りは、山並みの絶景を独り占めできますよと謳うウッディなコテージ、これぞ“森の中のキャンプ”ができますよと謳うキャンプ場、 […]

晩秋の「両神山」清滝小屋付近で紅葉狩りしてから、道の駅「両神温泉薬師の湯」へ(トイレ○仮眠○休憩◎景観○食事○設備◎立地△)

両神山(りょうがみさん・標高1,723m)は、埼玉県秩父郡小鹿野町(おがのまち)と秩父市の境目に位置する、奥秩父山塊の代表的な山。日本百名山に数えられ、鋭く尖った山容と歴史ある信仰の対象として知られる。 山名の由来には諸説あるが、イザナギ・イザナミの二神を祀る「両神」に由来する説が有力だ。 登山道は主に日向大谷口(ひなたおおやぐち)からのルートが利用されており、険しい岩場や鎖場を含むスリリングな行 […]

赤城山のカルデラ湖「大沼」のほとりに佇む赤城神社へ。道の駅「よしおか温泉」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事△ 設備○立地○)

「赤城の山も今宵限り…」 国定忠治のこの名台詞は創作らしいが、忠治がこの山をこよなく愛し、短かかった人生をこの山と共に生きたことは事実。 日本百名山でもある赤城山は、複数の峰で構成される火山帯の名称だ。 最高峰は1828mの黒檜山(くろびさん)、さらには1685mの駒ケ岳、地蔵岳、長七郎岳、荒山、鍋割山、鈴ヶ岳、小黒檜山の8つの山を総称して赤城山なのだが、それらの山に囲まれた山頂カルデラ内に、カル […]

息絶えるまで14回も刺された国定忠治の死に様を訪ねて。道の駅「ぐりーんふらわー牧場・大胡」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事△ 設備○立地○)

旅は群馬県に入っているが、この群馬県の認知度はとても低い。 私の知る限り、47都道府県の中で過去魅力度評価で確か40位以上になったことはないはずだ。ただ、群馬県は知らないけれど、赤城山と国定忠治を知らない者は、今の若い人にはたくさんいるだろうが私の世代にはいなかった。 反論は多いだろうが、「国定忠治こそ群馬をPRした第一人者である」とする向きはかなりある。 「男ごころに 男が惚れて 意気がとけ合う […]

茶臼山から標高を下げて那須高原へ。青木周蔵の別邸がある道の駅「明治の森」から(トイレ○仮眠△休憩◎景観◎食事○設備○立地○)

那須周辺の観光エリアは標高が高く、例年、茶臼岳などは色づき始めが9月中旬、最盛期は10月中旬だ。 標高の高いエリアを代表するのが、那須岳の主峰のひとつである茶臼岳(標高1,915m)の山頂付近(9合目)。ここまで一気に辿り着ける那須ロープウェイは、スキー場の一部を使った夏季営業とは違って、純粋な観光登山向けロープウェイなので、乗車中の眼下の景色も手付かずの自然で、圧巻の紅葉を楽しむことができる。 […]

紅葉ビーナスラインのドライブへ。蓼科復活の起爆剤・道の駅「蓼科湖」から(トイレ◎仮眠△休憩○景観◎食事△設備○立地○)

長野県茅野市の蓼科(たてしな)高原を通る道路「ビーナスライン」の紅葉・黄葉はまだ見頃だが、そろそろ落葉が始まっていた。ビーナスラインは長野県茅野市街と美ヶ原高原をつなぐ観光山岳道路で、元々は有料道路だったが、現在は無料開放されている。ビーナスラインという名前は、の愛称。沿道から見える蓼科山の山容を女神に例えたことに由来するもので、1968年に公募で決まっている。 ちょうどその頃、オランダのロックグ […]