
栃木県は益子町の郊外に位置する高舘山。西明寺はその南斜面の中腹にある。
真言宗豊山派に属し、本尊は十一面観音菩薩。坂東巡礼第20番、下野第13番の札所でもある。
正式名称は「獨鈷山普門院西明寺(とっこさんふもんいんさいみょうじ)」。獨鈷山とは高館山の別名で、栃木百名山にも選ばれた益子のシンボルともいえる山だ。
西明寺は全国にたくさんあって、平安時代に仁明天皇の勅願によって三修上人が開山したと伝えられる湖東三山・天台宗の西明寺や、京都市右京区、三尾の古刹のひとつとして知られる真言宗大覚寺派の槙尾山西明寺あたりの方が知られているかもしれない。ちなみに私の自宅は明石だが、すぐ近くに浄土真宗本願寺派の西明寺がある。
このあたりは栃木県の「益子」という土地だが、「土佐日記」で知られる紀貫之の後代、紀一族が益子に移り住み、西明寺の地「権現平」に紀貫之を祀ったことにルーツを持つらしい。
この栃木県益子の西明寺の魅力だが、なんといっても本堂厨子、三重塔、楼門。境内の3つの建築物が国の重要文化財に指定されているように、弘法大師堂、鐘楼堂など含めて中世建築を語るには欠かせない数々の建造物が見られることだ。
そしてもう一つは、顔だけ怖くてポーズはお茶目な「笑い閻魔」で親しまれている閻魔堂。紅葉もいいと聞いた。
このあたりの本格的な紅葉シーズンは11月中旬から。
モミジの赤が、四角竹の青や国の重要文化財に指定された古い建造物に映えてさぞ美しいだろうと、大いに期待してやってきた。
行基がひらき、弘法大師が再興させた古刹
西明寺は高館山の中腹にある。
西明寺は奈良時代の737年に行基によってひらかれた寺で、行基の作った十一面観音立像が秘仏の本尊として安置されている。
782年に弘法大師が再興して隆盛を極めたあと、戦乱などによって荒廃と再興を繰り返したが、室町時代の1394年、益子の地を治めていた益子氏によって復興され、国の重要文化財に指定されている3つの建築物は、そのころに建立されたものである。
曲がりくねった山道を車で上っていくが、木々の色づきは遅く、ようやく色づいた紅葉が見えてきたと思ったら、西明寺に着いてしまった。

早速、境内へ続く参道を上っていく。
石段の参道脇の椎の巨木は栃木県の天然記念物に指定されているらしい。


紅葉が遅いというのは本当だった。西明寺のある高館山周辺は暖かい気候で、実際、とても暖かい。
県内の他の地域では見られない植物が数多く生育していて、この四方竹もその一つ。茎が円形ではなく四角形をしている「四方竹(しほうちく)」もその一つらしい。
いかにも中世建築らしい「禅宗様」の楼門
階段を上りきると、国指定重要文化財の楼門と三重塔がある。



まず、一つ目の国指定重要文化財である「楼門」は室町時代後期の1492年建立で、いかにも中世らしい、大陸から伝来したばかりの禅宗様 (ぜんしゅうよう)という建築様式によって建てられている。
「禅宗様」とは日本の中世建築様式のひとつで、平安時代から日本国内で独自に進化してきた伝統的な建築様式「和様」、鎌倉時代に中国から新しく伝来した建築様式「大仏様」と合わせた3種類が、中世建築の代表的な様式だ。
この3つの建築様式の最も簡単な見分け方は、屋根の裏側にある垂木(たるき)という部材の配置の違いを見ること。
和様は平行垂木と言って、全て平行に配置されており、禅宗様は扇垂木と言って、全て放射状に配置されている。大仏様では、屋根の中心は並行に、四隅だけが放射状に配置されていて、これは隅扇垂木と言うらしい。
大きく反り返った屋根もまた、禅宗様の大きな特徴だ。
実に力強く、そして美しい。
日本で唯一の屋根が美しい三重塔
二つ目の国指定重要文化財である「三重塔」は、楼門よりも半世紀ほど新しい1538年の建立。そして、層によって建築様式が異なっているのがこの三重塔の大きな特徴だ。

一番下の初層は和様、一番上の三層は禅宗様。その間の二層は、その両方を取り入れた折衷様で作られている。
そしてもう一つ大きな特徴が。急勾配の屋根の、素材と葺き方だ。
一般的に、塔の屋根は茅葺や瓦葺などが多い。これに対して西明寺の屋根は銅板葺。しかも1枚の面ではなく、初層と二層は2段、三層は3段に分かれて葺いているのだ。
このような板屋根の塔は、日本で唯一、この三重塔だけだという。
秘仏が安置される本堂内の厨子
いよいよ、秘仏が安置されている本堂に向かう。

本堂の中にある建物が、建物の中にある建物が、3つめの国指定重要文化財「厨子」である。
西明寺に残る建築物の中で最も古く、建立は室町時代前期1394年。楼門と同じく禅宗様の建築物だ。

秘仏である本尊の「十一面観音立像」はこの厨子の中に安置されており、その姿を見ることはできない。
というのも、本尊の十一面観音立像は1300年近い西明寺の歴史の中で、火災や廃仏運動の難を逃れるために持ち出されたり隠されたりしたため数十年前の修復を終えるまでは両手がない状態だった。そんな歴史から、念には念を入れての対応なのだ。
そんな十一面観音立像は、12年に一度「午の年」に御開帳され、一般の人も見ることができるが、ちょうど来年2026年がその年である。
厨子の周りには黒漆塗の仏像が取り囲んでいて、これら鎌倉時代に作られたたくさんの仏像もなかなか見事なものである。



地獄の大王・閻魔様の笑顔?
西明寺の閻魔堂には、世にも珍しい『笑い閻魔』がいる。


「笑い閻魔」は、毎月15日から17日までの3日間だけ閻魔堂の正面格子戸が開けられ、この期間中だけ見ることができるのだが、そんなことを知らずにやってくると、開いていた。
たまたまとはいえ実にラッキーである。
閻魔大王というのは、本来は地蔵菩薩、つまり「お地蔵様の化身」なんだとか。
確かにお地蔵様はいつも笑っている。

そして、真言は『ハハハ』の笑い声だ。だからこの閻魔様も、真言を唱えて笑っているのだという。
正面から見て左側には悪童子、右側には善童子。
閻魔大王には死んだ人が天国・地獄どちらに行くのかを審判する役割があって、悪童子はその人が生前犯した悪行を報告し、善童子は生前の善行を報告するそうだ。
「その節はよろしく頼んます」と善童子の前で手を合わせ、何度も頭を下げた(笑)

道の駅「ましこ」
道の駅「ましこ」は、西明寺からは西方にすぐの場所。
北関東自動車道の真岡ICから県道47号線、途中から県道257号線を東に約10キロ、 栃木県南東部の益子町にある。

2016年10月15日にオープンして9年の、比較的新しい道の駅だ。
駐車場は、施設規模なりにしっかりしたもの。土曜日だったが、そこそこ人気があるようで、空いてはいなかった。



トイレは案内もわかりやすく、使いやすい、いいトイレ。



ガラス張りの外環、木を使った内装、 ここでしか買えないオリジナル商品が多数あるし、道の駅としてとても素晴らしいという印象だ。
農産物は栃木パワー、特産品は益子パワー

道の駅の施設は、物産館、農作物直売所、レストラン。
農産物販売所は、さすが栃木の農業パワーが炸裂している感じだ。















物産館だが、ここには益子町を前面に押し出しており、道の駅でしか買えないオリジナル商品も多数あった。




地元商品で気になったものを列挙すると。
まず、まず、地元食品会社の日光甚五郎煎餅の「わさび煎餅」「塩バター煎餅」、益子友愛洋菓子店の 「グランベリーパウンドケーキ」「ガトーショコラケーキ」。
イチゴ、ブルーベリー、柚子椎茸、焼き椎茸、ネギ、生姜、バジル等、約10種類のドレッシングも。
そして、ブルーベリーライスクラッカーだ。これは国内産のうるち米に益子町産のブルーベリーパウダーをまぶして焼き上げたもの。
さらに、益子名物の「ぽんた饅頭」、薪で大豆を煮る珍しい製法の「益子陶器みそ」、 益子町の巨峰を使った「巨峰飲むゼリー」、地酒の「燦爛」、焼酎「益子の炎」等々。
益子町はとてもパワフルだ。
地元オリジナルなレストラン



道の駅には「ましこのごはん」というレストランがある。
レストランの名物メニューは、店名と同じメニューの「ましこのごはん」。 これは地元食材を使ったオリジナルメニューで、器も益子の焼き物を用いているという、「ザ・益子」の逸品。
他にも「ろくろ丼」「うまかんべえ豚」など、ユニークな地元食が提供されている。
スイーツ&ドリンクコーナーでは、益子の恵みを詰め込んだ季節限定の「とちおとめソーダ」「ぶどうのアイスティー」「ブルーベリースムージー」などが楽しめる。

