第15話「『拝金主義』は『武士道』の対極。R82鈴木正英と共に歩む『真言の道』とも相容れない『かもめのDNA』」

「笑顔絵と音楽展」の4日目最終日、妙見山を越えて歩いてきてくれた猛者が一人。
R82同期の鈴木正英である。
彼と私は、ともに真言宗徒である。最近は、同期であること以上に、同じ価値観、特に死生観を共有する彼との無言のわかり合いが心地よい。

「死は終わりではなく、目覚めである」

私たち二人は、空海が語った、“生死一如”の世界観に生きているのだ。

私が祖父から受け継いだ姓は「越生」である。

「生死を越えよ。死に向かうのではない。命に還るのだ。」

こう説いて日本仏教に革新をもたらしたのは、鈴木と私が崇拝する空海(弘法大師)だが、私の祖父もすごい人で、空海の境地に迫り、また自らの姓の通りに、そしてまた葉隠の哲学を極めて生きた人である。

空海の死生観の象徴は、言わずと知れた「入定(にゅうじょう)」だ。これは「生きながら瞑想に入り、死を迎え、なお魂はこの世に留まる」という修行の極致だが、空海は835年、入定のため高野山・奥の院に入り、座したまま静かにその命を終えたと伝えられている。いや、真言宗では、空海は「いまも奥の院で入定したまま瞑想を続けている」とされており、「死んだ」のではなく、「次の命の状態へ移行した」と捉えられている。

この“死なない死”の捉え方こそ空海の死生観の核心であるが、不肖私も「入定」すべく、死後も祖父と一緒に生きるための場としての私の墓をすでに準備している。

私の「入定」の場を見た最初の友人

鈴木正英は、その私の墓を、私の瞑想の場、淡路島の生福寺を、誰よりも先に見に行ってくれた。

「本日14時すぎ、生福寺にて越生家皆さまのご健康祈願をして参りました。播磨灘が見渡せる良いところですね🙏
これは1ヶ月前、4月11日に彼からもらったメッセージである。

ちなみに10年前も、歩き遍路の途中で、メッセージをくれていた。(私は車でのなんちゃって遍路だが、彼は「歩き遍路」で何度も結願している本物だ)

「越生さん、おはようございます。ご存知今回の歩き遍路では、ご縁ある方へ勝手に一札所一祈願しながら巡ってます。昨日、54番延命寺にて(コッシーだから54)、越生さんご健康商売繁盛ご祈願させて頂きました。今の僕は弘法大師の成り代りなのでご利益あるかも笑。」
空海が説いた真言宗もう一つの根幹は、「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」という考え方だ。

これは、「死んだあとに悟る」のではなく、この身体のままで、今この瞬間に仏になれるという意味。つまり、死の先に“救い”があるのではなく、生きている今こそが、悟りとつながっているという教えだが、鈴木正英はまさにその実践者である。

ありがたい、得難い、素晴らしい友人である。

リクルートは「葉隠」の心得の対極

リクルートに「利狂人」という漢字をあてた人がいる。
R82同期の大野誠一の父上、学生運動や世代論に関する発言を中心に、新中間層、経済、経営の分野に及ぶ幅広い評論活動を展開した私も尊敬する気骨の評論家、大野明男その人だ。
彼もまた、私と同様、リクルートの行き過ぎた拝金主義に異論を唱えた方だが、実に見事な「当て字」であると感心してしまう。

また私は、リクルート退職後は嫌いな人と仕事をしないと決めて生きてきたが、ある右翼団体のリーダーから依頼されて「武士道」の本を書いたことがある。右翼、左翼、そんなことは些細なことである。この葉隠の「生の哲学」が、私の信じる真言の世界と通じるものを強く感じた、それだけのことである。この右翼団体のリーダーこそは、事件直後から街宣車でG8本社ビル前を訪れ「リクルート万死」を叫び続けていた男である。

この執筆の際、私は武士道をさらに学び直したが、おかげで葉隠の死生観と空海の死生観との通じ合う境地に気づくことができた。

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という葉隠の有名な一節は、単に死を推奨するものではなく、「常に死を覚悟することで、迷いを断ち、今この瞬間を全力で生きる、死に物狂いで立ち向かうという、究極の「生の哲学」である。常に己が生き残ることに執着し、儲かるものにはなんでも手を出しては迷いの末に儲からない道を切り捨ててきただけのリクルートの歩みとはこれまた対極にある。

拝金主義の行き着く先を見通すために

さて 第14話では、かもめのDNAを、常軌を逸した拝金主義とエゴイズムの象徴としての天動説との「螺旋」であると断じた。

天動説と地動説は世界的にそうであるように、拝金主義(金銭至上主義)と武士道とは、日本の歴史的・倫理的に、これまた対極に位置する概念であり、つまり、リクルートは、世の中の「普通」から極端に異常な方向に振れたDNAを持った法人故に、これほどの突出した存在になり得たのだと私は考えている。

釈迦に説法とわきまえつつも、改めて。
武士道は、お金よりも「名誉」や「義」を重んじ、金銭的欲求を卑しむ精神性を理想とした。

一方で、明治維新以降、武士階級の消滅とともに、経済力を重視する拝金主義的な風潮が広がっていく。

それが富国強兵を可能にしたため、日本は大いに躍進し?やがてアメリカにすら挑み、多くの国民の生命を犠牲に、奈落の底に落ちた。

以降、焦土からの復興は目覚ましい経済発展あってのことであったが、それがまたまた行きすぎてバブル崩壊、失われた30年を経て無理やり経済発展を捏造。憲法を改正してまた戦争しかねない、今の世に至っている。

武士道は「徳(道徳)」を、拝金主義は「利(物質)」を最優先する生き方であるが、対局にある「拝金主義」と「武士道」、どちらがいい、悪いというナンセンスな議論をするつもりはない。

ただ、リクルートのあまりの特異性を具体的に説明するために、また、リクルートに起こった常軌を逸した珍事の数々を説明するために、この第15話の冒頭で、まずこの二つの概念の関係性を整理しておきたいと思う。

拝金主義の台頭、武士道の衰退の歴史

なにもそんなに遠い昔の話ではない。

かつて武士の世において、武士道における「金銭感覚」は、今と対極であった。武士道の道徳(義・礼・名誉・質素)において、お金を追い求めることは「恥」とされ、つまり「富」は軽蔑すらされて、金銭に執着しない姿勢こそが尊ばれていたのだ。

「武士は食わねど高楊枝」と言う言葉は誰もが知っているであろう。貧しくとも高楊枝で平気な振りをしている、つまり武士としての誇りを失わない姿勢を指し、拝金主義の対極にある美学を表している。

これもみなさんご存知であろう「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉通り、正しい道(義)を追求し、利潤(利)は二の次にすべきとされた。

その価値観を一変させたのが明治維新だった。

明治維新とは、武士という階級が解体され、日本が経済力を基準とする資本主義社会へと大きく変貌していった革命的大転換だが、経済発展と反比例して、古き良き道徳心や公共心がどんどん失われていったターニングポイントともなった。

新渡戸稲造はいち早くこの変化を憂い、日本人の精神的基盤であった武士道が金銭欲に取って代わられ、道徳心が崩壊しつつあることを著書『武士道』で強く懸念した。

彼の著書を愛読書の一つとしていた私もまた、リクルートに入社した際、この会社の拝金主義があまりに行きすぎていることに強烈な違和感を持ったことを思い出す。結局、ほぼ10年も居座ってしまったが、この間、あまりに異常なことが目の前に展開したので、このことを書いてみよう。

重要なことは、武士道が、武士が持つべき倫理や道徳の指針を示したものではあるが、その教えは日本の文化や精神に深く根ざしているという事実である。つまり、その全否定は、日本の長い長い歴史の全否定でもあることをまずわきまえて考えていかねばならない。

礼を蔑ろにするDNAが自然に起こしたNEC事件

武士道は「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」という七つの徳を中心に成り立っている。その中の一つ、「礼」は礼儀のことだが、それ本質は単なる作法にとどまらない。

礼の根幹には「仁」があり、他者を思いやる心が行動として表れるものであるからだ。

礼儀を重んじることで、私たちは互いに尊重し合い、円滑な人間関係を築くことができる。日常生活の中でも礼儀を意識することで、周囲との関係がより良いものになるのである。

かつてNEC社長をつとめた関本忠弘は、江副に何度も「非礼」を働かれた。

彼はもちろん憤慨したが、結局、江副浩正という人には生涯を通じて「礼」の精神が欠けていたと評している。

その原点は、江副が自ら「礼」と言うものを軽んじたことに発する。

『社長と呼ばないで、江副さんと呼んでください』
江副が日ごろからこう言ったのは、社内に上下意識をもちこみたくなかったからとされている。

リクルート社内で肩書きではなく「さん」づけで呼ばせたことも、一見自由な社風のようにも思えるが、この特殊な習慣によって組織内における「礼」はどんどん失われていった。

そして結局は、何のことはない、80年代後半には江副自身が「江副2号」と社員に揶揄される「暴君」と化したのだ。

「礼」の本質すら知らないリーダーの元、「失礼」な従業員が育って、もとい増長していくのは自然の流れだったのだろう。

関本率いるNECが人材を採用するために、リクルートは巨額の採用媒体発注をもらっていた。

そのNECの本社から三田駅に降りてくるNEC従業員をリクルート社員が坂の途中で待ち伏せし、転職情報誌を配りまくった事件が起こったのである。

本部への報告に、わが耳を疑った。

あり得ない!
私は信じられなかった。

採用のお手伝いをしている会社の、従業員の転職を促進し、採用のお手伝いどころか人材の流出をはかるとは。

ただ、ただ、自分のために。

これは「武士道」の真逆でもあるが、「天動説」「究極の自分勝手」の表れでもあった。

それにしてもこのような愚かな行為に至れば、もはや、人としての「礼」を全く失った、狂人のなせる業としか思えない。

昔なら切腹さえ許されず、「打首」あるいは「磔」「獄門晒し首」に値する大罪に対して、リクルートはこの罪人に対して「さすがにそれはあかんで」と「口頭注意」。

先方へも「口頭謝罪」で済ませたのだった。
これは1990年のこと。リクルート事件のバッシング冷めやらぬころではないか。

はっきり言って、反社会的と言われても仕方のない異常者集団である。

名誉 ― 恥を知らぬ、高潔な生き方ができかねる風土

「名誉」とは、恥を知り、高潔な生き方によって名声を得ることを意味する。武士道では「恥」こそは最大の侮辱とされ、武士は幼い頃から恥の感覚を教えられてきた。

名誉と名声が得られるならば命は安いものと考えられ、その状況に直面した時には静かに決断し、命を惜しむことなく行動したのである。

リクルートの価値観は、まさにこの対極。その典型が、今もまだ身近に残っていることに愕然としたのは、前々回の同期会だった。
この準備段階で幹事のR82山田一郎たちはみんなを喜ばそうと「出禁」事例の収集に努め、私にもその出禁情報の提供を求めてきたのだ。
「出禁」など、世の中から排除された証であり、恥である。
私も未熟極まりない学生時代に、「出禁」を食らったことがあるが、社会人になってからは「過ちたるを改むるに憚ること勿れ」の精神で、そんなことは全くなくなった。学生時代の私は、カスだったのだ。
しかしリクルートという会社は、「どこどこのホテルで金屏風をぶち破って出禁になった」「どこどこの名店の天井を胴上げして突き破って出禁になった」「どこどこの施設を酔って破壊して出禁になった」ということを、大笑いしながら、今もさも武勇伝のように語り合おうというのだ。
「恥知らずめが!」
この一言を投げつけて、私は同期会を欠席した。
「若い会社」ということにかつて甘えたまま、今なお還暦を過ぎたジジイババアがその感覚のまま過去を恥じることなく生きていることは、とても悲しいことである。

会社への忠誠、何それ?七村守の狡猾&裏切り

1991年、私はすでに退職を決めていたが、広告事業部の部長たちが集まる事業部会議には出席しており、ある日この場である問題が報告された。
採用開発部の課長だったR80七村守が、会社には内緒で営業の仕事中に自分の会社を立ち上げる準備をしていて、それだけならまだしも、優良クライアントに対して「独立したら取引して欲しい」と、あろうことか完全な背任行為をしているというのだ。

普通なら即、「懲戒解雇」だろう。何なら損害賠償も伴って。

ただ、こういう会社への裏切り行為は、七村に限ったことではなかった。

バブル期のリクルートには蔓延していたとも言える。今思えば、武士道精神のカケラどころか、今でいう「ガバナンス」なんて概念も、リクルートにはまるでなかったように思われる。

私がリクルート史上最低の人間と断ずるR79藤田洋の兄もなんと70年代にリクルートに入社していたが、彼は遠隔地の支社長になると、会社の金を己の懐に入れた。

ただ、これまた藤田豊だけではなく、金額の多少はあれ支社長による「業務上横領」は、バブルの頃には何も珍しくはなくなっていたし、不正受注などは日常茶飯事。

「会社への忠義?何それ?」という堕落した風土になり果てていたように思う。
結局、処分もそこそこに、七村はまんまとリクルートの重要クライアントを持ち逃げし、今も多少会社を傍聴させて、今なおいい気で生きている。

万死!

仁 ― 他者を思いやる心の決定的欠如

「仁」は慈愛、つまり他者を思いやる優しい心のことだ。

特に強い者ほど「仁」が必要とされ、偉大なリーダーにはふさわしい「王者の徳」とされてきた。

「武士の情け」という言葉が示すように、相手を見下すのではなく、正義と公正な心を持つ武士だからこその慈愛に満ちた行いが「仁」なのだ。現代でも、このような優しい心を持つことが、他者との良好な関係を築く鍵となるはずだが、私はリクルートにおいては私が慕ってきた一部の奇特な方々を除いて、ほぼみることができなかったのが、この「仁」だった。

「仁」の対局だった人間は枚挙に遑がない。
リクルート史上最低の男と断じ、会社の金を横領した藤田豊を兄に持つ藤田洋は、自らの浮気活動のために自分が請け負っていた講演会をキャンセル。セクハラデートを優先して、「お前代わりに行ってこい」と急遽代打に部下の私を送り込むなど、もう無茶苦茶な人間だった。
「部長」という圧倒的上の立場から「俺の言うことを聞いといた方が賢いぞ」と、将来ある女性従業員の身体を片っ端から犯し、心を折り続けた。
女性をそういうふうに扱うことを、「病気やから仕方ない」と言うアホがいるが、病気なら入院させてもらって、シャバに出てくるな。いけしゃあしゃあと、何とかハウス子育て総研みたいな、性犯罪者がやってはならない仕事、すんなって。

この大罪は、刑事罰として裁かれていない。彼女たちの傷は今更癒えようがなくとも、私自身もパワハラでねじ伏せられた苦しい体験からも、私個人が生涯かけて許さない。

ちなみに私の長女には、私に代わって人を寛せるようにとの願いを込めて「寛子」という名をつけた。

それにしても、兄弟して最低な人間、ということは、いかに育ちが悪いかということ。親の顔が見てみたかった。

他にも、自分の評価者である上には全く弱く、下には意味不明に強くてマウントポジションを取りまくる、そんな人間がどれだけ多かったことだろうか。

義と勇 ― 正義を貫く心と勇気とも対局

「義」は武士道の中で最も大切にされてきた徳であるが、要は「正義」のことである。

どんな状況であっても、卑怯なことや狡猾な行為をせず、正直に正義を貫くことが「義」だが、上記の人間たちは、この「義」においても対局に位置する輩ばかりだ。

狡猾と断ずれば、「それは言い過ぎではないか」という向きがあるかもしれない。

しかし、業績のみで昇進していた80年代の管理職連中の顔を思い浮かべればいい。

己の出世第一、知る人ぞ知る姑息なエゴイスト福田峰夫以下、見ていると可哀想になる「勝てばいい、手段を選ばずに勝つことを優先する」「負けることは自分の損」としか考えない人間が大半ではなかったか?

ここで、言っておかなければならないのは、リクルートに入ってくる時点ではおそらくそういう人間が大半だったわけではなく、入った後にそうなってしまった側面も大きいということだ。

だから、過ちに気づいたら、素直にちょっとは武士道の勉強をしたり、地動説という真っ当な自覚を取り戻せばそれで良いと思う。

さて武士道の「勇」は「義」の双子のようなもので、正義を成すための勇気を意味する。

相手がどんなに卑劣で危険な行いをしても、自分の正義を貫くためには勇気が必要なのだが、この「勇」を持つ人間もまた、リクルートには非常に少なかった。

かつて日本人は、この「義」と「勇」を非常に高く評価し、日々の生活の中で実践していたはず。

「元リク」は、経緯や理由はともかく、今は武士道の対局にある極端な拝金主義と、世の中の異常思想としての「天動説」組織から脱した立場である。

この「義」と「勇」を大切にし、正直で公正な社会を目指すことが、「過ちたるを改むるに憚ること勿れ」の実践であると、私は思う。

誠 ― 会社自体が正直ではないという不幸

「誠」はその字の通り、正直であることを意味する。

「武士に二言はない」という言葉のように、武士が発した言葉は非常に重く受け止められた。嘘をついたことが明らかになった時には、死をもって償うという逸話も多いということは、「誠」は命よりも重く見られていたということだ。

リクルートには嘘つきがとても多く、呼吸するように嘘を言う「千三つ」も何人かいたが、これには多くの人が首を縦に振るだろう。

大体、そもそもがだ。
新卒情報誌をメインの生業とする立場で、就職協定などという有名無実な大義名分のその陰で、せっせと他企業を出し抜いて毎年せっせと青田買いしていたこと自体、「誠」とは程遠い「大嘘つき」な会社なのである。世間を出し抜いて、何が1000名採用か!ちゃんちゃらおかしいわ。

もし冷静にこうした振り返りができない「元リク」は、「誠」ではない会社に長く身を投じたその分、今度は宗教にでも身を投じて、生まれ変わるのも良いと思う。

ちなみに私の長男には「誠也」と言う名をつけた。

第二話「情報が人間を熱くする」の真実

「誠」について語ったが、鈴木正英が「笑顔絵と音楽展」にきてくれたことで、第2話で曖昧になっていた事実の、核心部分の「誠」がわかってきたので、ここで第2話をアップデートしておこう。

第2話では、リクルート初の企業キャンペーン「情報が人間を熱くする」の制作者は一体誰か?ということが曖昧になっていた。
当時の宣伝部長、山田滋が真相を墓場まで持っていかれたことで、曖昧なまま第2話を書き終えてしまっていたが、鈴木正英が別の「当事者」として大切な多くのことを知っていたのだ。

リクルートを1971年に去った馬場マコトは、マッキャンエリクソン博報堂、東急エージェンシー制作局長を経て、1999年より広告企画会社を主宰した。このキャリアの中で、東急エージェンシー制作局長だった時代に江副から直接指名を受けたことは間違いない。
なぜ間違いないかというと、鈴木正英がそのポスターシリーズをデザイナーとして手がけた本人、しかも彼は真言の人だから。

ポスターには、写真展の応募作品などの膨大な作品の中から選ばれた、一般人の写真が使用された。月に一度、このキャッチコピーとともに、四季折々市井の人々が登場する。

「馬場さんと一緒に仕事をしましたよ。僕がリクルート(SJ制作)をやめてからクリエイティブの会社を始めた、その時の大きな取引先が東急エージェンシーであり博報堂でもあったけれど、『情報は人間を熱くする』は、東急エージェンシーの馬場マコトさんからいただいた仕事です。馬場さんには本当にお世話になりました。」
これで、亀倉勇作が一人でやったように語られてきた「ポスターシリーズ」を発案した人は亀倉雄策であっても、実際にデザインした人はR82鈴木正英であったことがまずはっきりした。

「情報が人間を熱くする」は馬場マコトの作品、そして…

鈴木によれば、「情報が人間を熱くする」という、このキャンペーンを貫くキャッチは馬場マコトで間違いないようだが、しかしこのコピーが、TCCコピー年間などでは電通の日暮真三の作品であるとなっている、そのことについては彼も知らない。

謎であり、不明なままだ。
この当時、電通の接待を通り越したリクルート宣伝部に対する賄賂攻勢は凄まじく、山田の前任の宣伝部長が超高価な金時計を受け取ってしまうなどで失脚し、また、江副に気に入られていた「リクルートの裏の顔」を自認する東正任という怪人物がなお暗躍していて、山田滋は誰にも言えない悩みを抱えて悶絶の日々を送っておられたことだけはわかっている。

ポスターシリーズなどは「はした金」である。

仕事にしても、金にならない。

そんなものは東急エージェンシーに任せておけばいいとばかり、電通の眼中にあったのは、まとまった金になる「テレビCM」のみであったろう。
これを例の政治力、金の力によって東急エージェンシーに横槍を入れたら、引き剥がし、もぎ取って持っていったというのが真相のようだ。

あくまで、いろいろな方面からの情報には基づくものの私個人の見立てであるが。

テレビCMは電通の手に、しかし放映は3日間

彼らは、「カネ」にならない写真による亀倉ディレクションとの連動などは無視して、より「カネ」になりやすいアメリカ政治、アポロ計画、そして、世界的ロックバンド「イーグルス」という金食いバブル路線を提案したのであろうと。

ポスターによるキャンペーンを引き継いで88 年から放映したテレビCMは、ジョン・F・ケネディによる演説、ロケットの打ち上げ、宇宙飛行士の月面歩行といった、日本とは別の国、アメリカのニュース映像を使ったものとなった。

以下は、電通の日暮真三が書いたコピーである。名コピーライターの彼だが、周りにコンセプトを決められ、ただそれに沿ったコピーを書くのは、さぞかし力も入らなかっただろう。彼のコピー作品の中の、きっと不本意な駄作の部類に入るだろう。

【ケネディ編】
その人には磁力があるのかもしれない
そこに存在するだけで人々は惹かれ 酔う
その人はやわらかい磁石なんだ
ひきつける力 切り開くエネルギー
いつの時代も情報が人間を熱くしてきたと思う

【アポロ計画編】
いつも人々はテクノロジーという武器と
想像力という勇気で出発していく。

見えない部分を見たい 聞こえないものを聞きたい
思い果てしなく
いつの時代も情報が人間を熱くしてきたと思う

それぞれのナレーションの最後に一言、「人と人との間にネットワーキング。リクルート」で締めくくられるCMだった。

そして。私はDesperadoが歌えなくなった

CMのBGMは、Eagles の Desperado だった。

Desperado(邦題:ならず者)は、名曲を5つあげよと言われれば、ジョンレノンのイマジン、ポールマッカートニーのレットイットビー、日本の「上をむいて歩こう」「舟唄」と並んで迷わずあげるだろう名曲中の名曲だ。

しかし邦題の「ならず者」は、まるでリクルート事件を予告するかのようで、実際、事件によってこのCMはたった3日間で打ち切られてしまう。

この選曲も、歌詞の内容や邦題が「ならずもの」であるにもかかわらず、流石にバカがなんの考えもなく採用したものではなかったろう。

少なからず、ならず者のアウトロー的カッコ良さをリクルートは自覚していたのではなかっただろうか。

「デスペラード」は、リクルートがCMにこの曲を採用した1988年からちょうど100年前のアメリカの西部開拓時代、カウ・ボーイの時代がテーマの曲である。

Desperado, why don’t you come to your senses?
You’ve been out ridin’ fences for so long now
Oh you’re a hard one, but I know that you got your reasons
These things that are pleasin’ you can hurt you somehow

「おい、デスペラード(ならず者)よ、そろそろ自分の感覚に正直に戻ったらどうだ?キミは『見回りに出たきり』じゃないか、長いこと。あ、そうか、キミはこんな説教臭い俺の話を簡単に聞く輩じゃない、手強い奴だったな。でも俺にはキミにはキミのこうなっちゃった言い分があるってのもわかってるさ。酒とか賭博とか女とか、あおの手のお愉しみなどは、結局なんかしらキミをキズつけてるんだからね・・・」

Don’t you draw the queen of diamonds, boy
She’ll beat you if she’s able
You know the queen of hearts is always your best bet
Now it seems to me some fine things
Have been laid upon your table
But you only want the ones that you can’t get

「(酒場のポーカーで)「ダイヤのクイーンを引くなよ、若造、要するにマリリンみたいな美女ばかりを引こうとするなと言ってるんだ。不意を突いて、彼女はキミをノックアウトするぜ。『ハートの女王』がキミのお決まりのベスト・ベット(最高の賭け手)だったろ?(ポーカーではダイヤよりハートが強い)。見た目でなく、ハートのあふれる女性、一獲千金でなく、心の通った人間関係に賭けることだ。今、オレには、キミのテーブルに何枚か良い手札があるように見えるんだが、でもキミは、キミじゃぁ手に入れられない高嶺の花ばかり欲しがっている・・・」

Desperado oh you ain’t gettin’ no younger
Your pain and your hunger, they’re drivin’ you home
And freedom, oh, freedom, well, that’s just some people talkin’
Your prison is walkin’ through this world all alone

「デスペラードよ、そろそろもう若くはないだろう。キミの「痛み」と「空腹(さびしさ)」が、お前を「家home」へと向かわせる。自由、ああ、自由ってか、それは一部の奴らが口にしてるだけだぜ。キミはしがらみ、世間という檻から逃れているつもりでも、実は自分の檻を連れてこの世界をさまよってるだけのことさ、一人孤独にな。」

Don’t your feet get cold in the wintertime?
The sky won’t snow and the sun won’t shine
It’s hard to tell the nighttime from the day
You’re losin’ all your highs and lows
Ain’t it funny how the feelin’ goes away?

「不遇の時代、冬がやってきて、足もとが寒く感じるだろう?上を見あげりゃ、空は灰色で、今が昼なんだか夜なんだかわかりゃしない。キミはもはや、このところハイな喜びも落ち込みさえも全部なくしかけてる。感情そのものがどっかへ消えてしまったら、笑えないだろ?」

Desperado, why don’t you come to your senses?
Come down from your fences, open the gate
It may be rainin’, but there’s a rainbow above you
You better let somebody love you (Let somebody love you)
You better let somebody love you before it’s too late

「絶望してるデスペラードよ、自分の感覚に正直に戻れよ。登った「柵」から降りてきて、心の門を開いて受け容れるんだ。今は雨が降っているかもしれない、でも雨空には「虹」がかかってる。そろそろ、誰かあなたを愛してる人にゆだね、身近にいる人の愛を受け入れたらどうだ?手遅れになる前に・・・」

日本のCM史上、出演タレントの不祥事等々短期間で打ち切りになったものは他にもある。しかし、たった3日で放映打ち切りとなったその理由が出広会社そのものにあり、また、CMのBGMで歌い上げられているメッセージがこれほど皮肉で滑稽きわまるCMは、他に類はない。

電通は、まさかこの歌詞の内容がわかっていて、また、江副に説明した上で、BGMに採用したのだろうか?

いずれにしてもこの件以来、私は最も古いレパートリーであった、あれほど大好きだったDesperadoが歌えなくなり、今回のライブでも封印することになった。