YEAR

2025年

2023年阪神タイガース日本一。見届けられずに亡くなった横田慎太郎の背番号24を掲げて宙に舞った岩崎投手の横で、その袖に手を通した4番打者・横田慎太郎の身体が一緒に舞っているのが確かに見えた。

この記事を書いている2025年12月16日。かつて横田慎太郎選手がつけていた阪神タイガースの背番号24を、来シーズンは新外国人のキャム・ディベイニー選手がつけることが決まった。 ディベイニー選手は、奇しくも横田選手が引退した2019年の米ドラフト15巡目(全体463位)でブルワーズに入団した内野手で、今季は途中からパイレーツに所属し、8月30日(日本時間31日)のレッドソックス戦でメジャーデビュー […]

ゲーム会社コンサルで採用拠点を立ち上げた博多「大名」へ。道の駅「伊万里」から(トイレ○仮眠○休憩○景観△食事○設備△立地○)

今から8年前。 東京でゲーム会社のコンサルをしていた時、「ゲーム開発というものは携わる人材こそが生命線!」と強く主張し、東北、京都、九州を人材採用重点地区と定め、九州は博多、中でも若者で賑わう街「大名」のテナントビルに採用拠点を立ち上げた。 その際には、博多に何度も通い、昼はもちろん働いて(笑)、夜は懐かしい友人たちとの再会を楽しんだ。 リクルート神戸の後輩、工藤くんと。彼は今、博多山笠を仕切って […]

西統ジャンボリー以来42年ぶりの「唐津城」、イカす町「呼子」へ。道の駅「桃山天下市」から(トイレ○仮眠◎休憩○景観◎食事◎設備○立地○)

私がリクルートで2番目に属した組織は「にしとう」。正式名称はたしか日本リクルートセンター広告事業部西日本統括部。すでに独立した部となっていた大阪を除いて、京都、京都南、神戸、姫路、岡山、広島、四国、九州までの西日本地方拠点が一つになった組織だった。 部のイベントは、構成していた営業拠点の持ち回り。九州がホスト役で担当したのが42年前の「唐津ジャンボリー」だった。一応、部の「研修」、期初の「キックオ […]

「角力灘」の南に浮かぶ「軍艦島」を右手に「野母半島」を縦断。道の駅「夕陽が丘そとめ」から(トイレ△仮眠○休憩○景観◎食事○設備○立地○)

ご存知「軍艦島」と呼ばれるようになった島の名は、端島。長崎の離島航路や連絡船の発着地・大波止港から直線距離で南西方向19㎞、野母半島からは4.5㎞にある端島は、当時三菱重工業長崎造船所で建造中だった日本海軍の戦艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになった。 元は「瀬」でしかなかったが、埋め立てによって、南北に細長く長さ約480m、幅約160m、周囲1.2㎞、面積約6.3haの人工島 […]

「元寇」の現場で国防を考える。4000隻もの元の船が沈む鷹島の道の駅「鷹ら島」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事○設備○立地○)

日本が外国から本格的な侵攻を受けた事件、それがご存知、鎌倉時代にあった「元寇」だ。 13世紀に蒙古民族を統一し、東は中国から西はヨーロッパまで、広大なユーラシア大陸に大帝国を建設した元は、朝鮮半島の高麗を服属させたのち、海を隔てた日本にも臣下になれという内容の国書を持たせた使者を何度も送ってきた。 しかし、時の執権・北条時宗を中心とする鎌倉幕府は、これらをことごとく無視し、その要求を拒んでいた。怒 […]

防衛力「南西シフト」の要である「佐世保港」へ。道の駅「させぼっくす99」から(トイレ◎仮眠△休憩○景観△食事◎設備○立地○)

海上自衛隊「佐世保地方総監部」は、米軍佐世保基地との共存共栄を図りつつ、日本海から東シナ海までの警戒監視の要である。 そして、2018年からは陸上自衛隊の「水陸機動団」が相浦駐屯地に配備されたが、この陸上自衛隊・水陸機動団は、日本の離島防衛を担う専門部隊。陸上自衛隊で最も過酷といわれるレンジャー訓練が有名で、隊員たちはおよそ3か月、戦闘や偵察の数々の課題をこなし、終盤は睡眠や食事を削りながら山間部 […]

隠れキリシタンがひっそり暮らした平戸の西北端「春日集落」へ。道の駅「生月大橋」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事✖︎設備△立地○)

大航海時代にアジアに進出したポルトガル船が、平戸に到達したのは1550年のことだった。 薩摩にいてその情報を得たフランシスコ・ザビエル一行は、平戸に移り、領主の許可を得て生月(いきつき)島を含む平戸一帯で布教を始めると、信者はやがて約5,000人にも達した。 ところが16世紀末には豊臣秀吉が「追放令」を発令。一気に各地でキリスト教弾圧の動きが強化され、キリシタンたちにとって暗い時代が始まっていく。 […]

天草四郎時貞らの一揆軍が立て籠った「原城跡」から「島津城」へ。道の駅「ひまわり」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事○設備○立地○)

島原の乱は、「島原・天草の乱」、あるいは「島原・天草一揆」ともいわれるように、島原地方のみならず海を隔てた天草地方、両地域で領民らが一斉に蜂起した大事件として、そして鎖国政策に直結した事件として知られる。 島原と天草の民衆約2万6千人が、原城に集結し立てこもり、約12万人という幕府軍に包囲されて約3ヵ月、幕府は立てこもる民衆たちに投降を促したが、たった一人、自分だけ助かりたい男が裏切ったことで民衆 […]

37年前に見た「雲仙普賢岳」は、全く違う姿「平成新山」に。道の駅「長崎街道鈴田峠」から(トイレ○仮眠△休憩◎景観△食事△設備△立地△)

37年ぶりに、雲仙・普賢岳を訪れた。 しかし、そこにあった山の姿は、37年前に見た普賢岳とはまるで違っていた。 かつてはこの写真のような山だったように思うが、今、その普賢岳の横にはそれよりも高い平成新山が、冒頭写真のように聳えている。 雲仙・普賢岳が噴火したのは、私が初めてここを訪れた1987年から3年後の1990年11月17日、今から35年前のことだった。 翌年には火砕流、土石流が発生し、甚大な […]

「まちゃ」は17歳で父を亡くし母を安心させるために就職したが、ジョンレノンの「Mother」にインスパイアされて東京に。

何を隠そう、ハゲを隠そう。私は、「まちゃ」こと福山雅治のファンである。俳優、ミュージシャンとしても好きだが、何よりもラジオパーソナリティとしての彼が大好きで、もう30年近く彼のラジオ番組を聞き逃したことはほぼないほど。 言わずと知れた『福山雅治のオールナイトニッポン』は大人気の番組だったし、1996年から担当してきた『福山雅治のSUZUKITalking F.M.』、それを2015年にタイトル変更 […]

「阿蘇パノラマライン」を「阿蘇山」の北麓から南麓へと縦走。道の駅「阿蘇」から(トイレ△仮眠✖️休憩◎景観◎食事○設備○立地○)

日本の山で最初に外国の文献に記載されたのは、実は富士山ではない。阿蘇山である。 ただ、阿蘇山は富士山のような単体の山ではない。一般的には巨大なカルデラの中の活火山群(阿蘇五岳)の総称と定義されるが、広い意味では外輪山や火口原をも含めた呼び名である。 そうすると、つまり阿蘇五岳を中心とした中央部の山々とその周辺に広がる外輪山までを含めて阿蘇山であると定義すると、外輪山は南北約25km、東西約18km […]

あと12年、完全復旧まで見守るつもりの「熊本城」で進捗チェック。道の駅「通潤橋」から(トイレ◎仮眠○休憩◎景観◎食事○設備○立地○)

2016年の熊本地震によって、私が大好きな熊本城の建造物は重要文化財13棟、復元・再建20棟のすべてが被災し、石垣は全体の3割に当たる約2万3600平方メートルが被害を受けた。 復旧は、2037年度までかかるという長い道のりとなったが、まず最優先されたのはやはり天守閣の復旧だった。 茶臼山全体を要塞化した城の最奥、一段高い所にそびえる天守閣は、大通りや市電、市役所など各所から眺められる街のシンボル […]

上司を囲んでのゴルフ旅行以来ほぼ40年ぶりの「霧島」へ。道の駅「霧島」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観◎食事○設備◎立地◎)

1980年代も後半になると、日本はバブル景気に浮かれ始めていた。私が社会人1年生の時からリクルート神戸で大変お世話になった上司・田中勝さんも、バブルの中心として無尽蔵にビジネスチャンスが拡大する東京へと引っ張られた。田中勝さんを慕う私たちは、転勤されても1年に1度ぐらいはお会いしたいと願い、田中さんへの感謝を込めて「39(サンキュー)会」という同窓会を立ち上げた。当時は社会人としてのたしなみ?の一 […]

終戦80年のご報告をするべく6度目の「知覧」へ。道の駅「川辺やすらぎの里」から(トイレ○仮眠○休憩○景観○食事○設備△立地○)

鹿児島県南九州市知覧町の名産はお茶で、広大な茶畑が広がり、約1万3000人の人々が暮らす「薩摩の小京都」である。 そんな平和な案内ができるようになったのは、もちろん先人の犠牲あってのことなのである。 ちょうど80年前に太平洋戦争が終わったが、その直前の知覧町は、太平洋戦争の末期に旧陸軍の特攻基地が置かれ、若き特攻隊員たちが戦地に飛び立つ場所だった。すなわち旧陸軍の特攻隊員の出撃地であった「知覧基地 […]

「カシオワールドオープン」開催地として25年間沸きに沸いた「いぶすき」へ。道の駅「山川港活お海道」から(トイレ○仮眠○休憩◎景観○食事○設備△立地○)

カシオワールドオープンゴルフトーナメント(CASIO WORLD OPEN)は、1981年から毎年11月第4週に開催されるゴルフ男子ツアーとして45年の歴史を積み重ねてきた。 海外のビッグネームが参戦して話題を呼ぶインターナショナルなトーナメントとして人気があったし、優勝賞金も高額ゆえにツアー最終盤での賞金王争いの最後の山場ともなってきた。現在はKochi黒潮CCがその舞台となっているが、2005 […]

「別府温泉」で梯子酒。風呂上がりに一軒目が良いと酔いが回るw。道の駅「佐賀関」から(トイレ○仮眠○休憩○景観○食事○設備△立地◎)

今回の九州旅、最初の夜は別府温泉だ。 いわゆる別府八湯のなかで、別府駅を中心とするあたりが別府温泉群。ここで最初の一夜を過ごすことにした私は、まず、地元で大人気の公営温泉「竹瓦温泉」へ。 別府にはホテルや旅館が立ち並び、数多くの温泉があるが、そのなかで別府市営の共同湯「竹瓦温泉」は、歴史の古さや泉質、さらに重厚な建築、周辺の雰囲気などで別府八湯のシンボル的存在だ。 竹瓦温泉は明治12年(1879) […]

愛媛県最西端から九州を眺め発作的に「佐賀関」へ。道の駅「佐田岬半島ミュージアム」から(トイレ△仮眠△休憩△景観◎食事△設備○立地○)

2025年も最後の月に入った。数日前だったか、すっかり恒例となった新語・流行語大賞が発表され、その一つに「二季」が選ばれ、改めて話題となった。 四季のうち春と秋が駆け足になり、実感としては夏と冬の二つしかない―ということらしいが。 ただ、旅人の私としては、そんな実感はまるでない。今年の場合、9月に北海道に入って秋を満喫してから、本州を次第に南下。東日本一帯の秋を、10月、11月と楽しんだ。 これだ […]

信長親子が非道な虐殺の限りを尽くした「天正伊賀の乱」へ。道の駅「いが」から(トイレ○仮眠○休憩○景観△食事○設備○立地◎)

大規模な殺戮をした日本人といえば、織田信長だろう。 自分が手にかけた人数はどうだかわからないが、戦だけでなく越前や伊勢の一向一揆討伐などを含め、指示して殺させた人の数で言えば、織田信長こそはおそらく日本史上で最もたくさんの人を殺した男ではないだろうか。 そんな父親を持つ次男の信雄もまた、なんらの罪のない村人や僧侶、数万の人々を惨殺した。「天正伊賀の乱」などと言われるが、勝手に攻め込んだのは信雄。支 […]

母国が侵攻され日本に来た18歳の青年が異国の国技で優勝。道の駅「関宿」で祝杯(トイレ○仮眠○休憩○景観○食事◎設備△立地○)

ロシアがウクライナ侵攻を開始したのは2022年2月24日。この侵攻をきっかけに、ウクライナ中部ビンニツァで生まれ育った18歳のレスリング選手が日本にいた友人を頼って母国を離れ、2022年春から関西大相撲部で相撲の稽古を始めた。 そして12月には、安治川部屋に研修生として入門。 翌2023年秋場所で初土俵、そして今日、見事初優勝と大関昇進を決めた。 久しぶりに正統派の本当に強い力士「安青錦」が彗星の […]

稲葉良通の「頑固一徹」は、教養と信念を貫いた生き様。道の駅「パレットピアおおの」から(トイレ○仮眠△休憩○景観○食事○設備○立地○)

「頑固一徹」という言葉を耳にしたことはあるだろう。 私たちの世代なら、巨人の星の、「星一徹」。そして「一徹」を名乗る飲食店は、ラーメン店、鉄板焼き、居酒屋等々たくさんあるが、その語源、元祖「一徹」こそは、稲葉一鉄である。 稲葉一鉄はあの織田信長が一目置き、敬意をもって接した武将として知られるが、彼のその生き様に大きな影響を与えたのは、幼少時に接した二人。祖父と、快川紹喜だ。 一鉄の祖父は伊予国(現 […]