
全話でイントロデュースしていた、「黒田のがんを叩き出す会」主催の音楽祭、くろだまGumboが終わった。
あとは、「黒田を愛する人たちの祈りと念を集めて黒田の体内に居座るがん細胞を追い出す」という目的の達成度合いについては、黒田と、黒田とともにがんと戦うへなしゅんの、次回のCT検査を待つのみであり、新たに得た「応援団」とともに次の行動を起こすのみである。
発起人としては、本当にたくさんの黒田応援団のパワーのおかげで、音楽祭が大成功したことにひとまずホッとしてるところではあるが、この音楽祭で、「かもめのDNA」に関してかけがえのない気づきを得たので、忘れないうちにそれを第18話として書いておきたいと思う。
一つ目。
ステージ上から見えたDNA、それがとてつもない美しいものだったということから、話を始めたい。
かもめのDNAは宇宙だった
ステージから見えたのは、あまりに個性的な顔、顔、顔…。
私とも繋がりをいただいている人も、そうでない人も、人相学をやっている私にとっては、あまりに興味深い顔、顔、顔…。
その顔は、それぞれ個々の尋常ではない日々の活躍ぶりを物語り、そして美しく輝いていた。
笑顔絵師としての私は、こう思った。
「死ぬまでに、この人たち全員の笑顔を描きたい!」と。
そして、女性たちの顔に目を奪われる。
客席からは男女比率しかわからなかったがまさに男女が拮抗しており、「クソっ、黒田、モテやがって」というジェラシーと共に、リクルートの組織編成のDNAを、私は感じた。
リクルートは創業期から、女性が活躍してきた。
男女の垣根どころかジェンダーをはるか昔に超えて、同時に国籍国境を越えて、おもしろいことができそうな人間なら、分け隔てなくかき集めてきた会社である。
今の時代にはそうした組織も存在するが、60年代70年代の日本企業には皆無だった。リクルートの企業組織史上最強の組織コンセプトは、20年先を行っていたのだ。
5月に、私が大好きだった谷玲子さんにお会いすることができたが、その素敵さにはさらに磨きがかかっておられた。
ステージ上から今見えている黒田の応援に駆けつけた女性たちの中に、今回来られなかった女性たちが、そんな谷さんも、そこに紛れていらっしゃったように思えた。
そして、こう思ったのだ。
「ここにいる女性たちは、日本の女性活躍社会の旗手たちではないか。あなたたちの奮闘で、この国はかなりマシな国になってきましたな。もっともっと、やっちゃってくださいよ!」と。
彼女たちのとてつもない輝きは、私の黒田に対するジェラシーなど問題にすることなく、終演まで煌々と輝き続けた。
ステージ上からはもう一つ、かもめのDNAが見えた。
いま目の前にいる一人ひとりが、リクルートを飛び出してから、自分という人間を起点として、さらなる繋がりと新たな価値観とを創り出している人たちではないか。
そのことに想いを馳せた瞬間、私には、客席からこちらを見ているお一人おひとりの向こうに、まさに宇宙が見えたのだ。もちろん具体的な形をともなってはいない。しかし、世界という概念を超えて存在する得体の知れない広がり、それをボキャ貧の私は「宇宙」と感じたのだ。
「What a wonderful world!サッチモが歌いレノンがイマジンした世界は、愛、優しさ、祈りが織りなす、私の目の前に広がっているこの宇宙だったのではないか?」と。
人の引力と念力
このたび黒ちゃんのおかげで、私は、自分と同じ匂いをもつ(失礼!)井橋団平くんと強烈な友人関係に陥った、もとい、恵まれた。
くろだまGumboの当日は、彼が仕切る九十九里浜の祭と重なり、祭の中心人物である彼は、昼間は神輿を担いで九十九里を二十キロ以上突っ走ってから祭の神輿を下ろし、次に黒田の神輿を担ぐために、晒にねじり鉢巻、そのままの姿で駆けつけてくれた。

彼に代表して名前を挙げさせてもらったが、日本の各地から黒田の応援に駆けつけた人の数は半端なかった。なんとシンガポールから駆けつけた猛者もいたと聞いた。
なんじゃこりゃ〜!
太陽にほえろ、で、松田優作がこう叫んだが、にわかには受容れ難いインパクトに、私が心の中で叫んだのは、こんな言葉でしかなかった。
しかしそんな私の拙さを、冒頭に実名を挙げた井橋団平は見事に表現してくれたので、引用させていただく。
「本当に、とんでもない人たちが集まっている。
そして、こんな信じられないような人達に囲まれている黒さんは、やっぱりすげぇと思います。
人が人を呼び、人が人を応援し、気づけば100人を超える人たちが集まっている。
黒さんの「引力」をあらためて感じた一日でした。
黒さんの中のがん君。これだけのメンバーが相手です。観念して出て行ってください!」
井橋団平。名文だよ。
黒田の引力、集まった人それぞれの引力と念力。
がんは、観念して出ていくほかないよね。
無責任、やり逃げのDNA
と、ここまで書いて、はい終わり、では、もはやそれは私ではない。
DNAの強烈な輝きが見えたなら、あるいは見える人なら、ほぼ同時にダークで陰湿で真っ黒なDNAも見えてしまう。陰陽思想者である私は、この日もやはり、ダークで陰湿で真っ黒なDNAも見ており、それも書き残さないのは片手落ちというものである。
打ち上げで初対面だが話し込むことができた人が、井橋団平のほかに何人かいた。
中尾博。めちゃくちゃいい男ではないか。
でも、ここからは珍しく、彼の渾身の?アドバイスを一部聞き入れて、実名抜きで話を進めよう。
彼とは概ね素晴らしい話し込みができたのだが、その中にこういうやりとりもあった。
「越生さん、ブログとか、実名で、とことんバッシングするのはやめた方がいいんじゃないですか?」と彼。
彼の優しいアドバイスに、私はこう答えた。
「やめないよ。リクルートには、刑事罰を受けるべくして、やり逃げしたままのうのうと生きている無責任野郎がいるんだよ。あんたの上司だった藤田洋とかね。あいつはさんざん「やり逃げ」して未だ刑事罰を受けてない。俺はやり逃げされた人たちの代わりに、その無念をね、日本の司法になり代わって裁いてやるのさ。」
犠牲者は、女性だけではない。
ダークで陰湿で真っ黒なDNAの犠牲になった一人に、木村ライダーがいる。
リクルートをやめたあと、誰もの人生は変わる。
それは当たり前にしても、彼を新事業に誘ったかつての上司が、「あの新事業だけどね、ポシャったよ」の一言で、彼は路頭に迷うことになるのだが、それは話の次元が違うだろう。
リクルートには「やり逃げ」「無責任」のDNAが脈々と受け継がれてきた。その解決手段はバカの一つ覚え、人事異動だ。
木村ライダーの第二の人生を左右したその男もまた、広島営業所で採用され、女性問題を起こして大阪に異動となった人物だ。大阪でも浮き名を流したその色男は、それでも黒田の上司でもあり木村ライダーの上司でもあったことから、私はこのイベントに招待し、木村ライダーとも何十年ぶりかの再会を促したのだった。
互いに会いたくもない人間同士を会わせようなんて、余計なお世話だったろう。そして案の定、その「やり逃げ」「無責任」のDNAは脈々と生き続けていることを、今回も私は嫌というほど見せつけられたのである。
木村ライダーとは、打ち上げ後、朝まで飲んだ。
「ライダー、酷い人だよな、あのジジイ」と私。
「越生さん、もういいんです。何にも思ってませんし。でも、越生さん。そういう人間は、もう構わずにほっとかれたらどうですか?」と彼。
「いや、俺が生きている目的は、人間とは何か、の探究と解明なんや。音楽も絵も、その手段にすぎへん。争いあい、蹴落とし合ってでも守ろうとする自己愛、今日見たように、ここまで美しいかという愛や祈りも、全ては一人の人間という宇宙に間違いなく存在している。百歩譲って探究の矛先にせずとも、彼がカスであろうと、人間であって、反省もなくこれからも人を傷つけていく可能性が大きい以上、ほっとくわけにはいかん。」
本来なら実名でけちょんけちょんにこき下ろすところだが、今回だけは、中尾博と木村ライダーの優しい気持ちを受け入れることにしよう。(まあ、わかる人には誰かわかるけどw)
心ない人間と、熱き心のすれ違い
そのジジイ、その彼には「心」がない。
真心というのかな。
私の大好きな言葉が二つあって、一つは「人間全て塞翁が馬」、もう一つが「過ちたるを改むるに憚ること勿れ」。
前者は「出会いと出来事を全て受け入れよう」と解釈され、後者は、人間は過ちを犯すが気づけば謝るのが人間だ」と解釈される。
私は、この二つの言葉に寄り添って生きれば、人の道は外さないと考えている。
ところが、この男は、その真反対を76歳まで生きてきた。
なぜ、心から謝れないのか?
そんな人間のまま地獄へ行くのか?

私は失望するしかなかった。
オレに投げかけられた色目
その男に、いったい過去何人の女がやり逃げされて捨てられたのか、その正確な数はわからない。
私も、木村ライダーにおせっかいを焼いている場合ではなかった。
私の最初の上司として、たった6ヶ月で私を捨ててから42年。
まさか私までもが、新たな犠牲者になったのだから、まさにミイラ取りがミイラになったわけで、笑えてしまう。
今年5月に、唐突に、彼から連絡があった。
「コッシー、76の後期高齢者になって、虚しい日々を送っている僕のハートに火をつけてくれないか?具体的には、僕の昔の曲たちを編曲して、今の時代に甦らせてほしい」と。
「コッシーだけは(ややこしいから)やめておいた方がいい」とアドバイスする人も複数名いたようだ。
それでも彼は、私を選び、モーションをかけてきたのであった。
頼まれたら断れないタイプの人はかなりいらっしゃると思うが、私もその一人である。
しかも、引き受けるからには人並みはずれてど真剣に取り組むタイプであることは、私を知る人なら皆思い知っているはず(笑)
「コッシーだけは(ややこしいから)やめておいた方がいい」と彼にアドバイスした人も、私のとことんやる姿勢には気をつけたほうが良いということを「理解」しているからこそ止めたはず。
彼が私に依頼してきた曲は、20曲を超えていた。
さらに、新曲を作詞するから、それに曲をつけてくれという依頼も。
そのうちの一曲が「ワシらの時代」で、これを私は、くろだまGumboのステージで初披露した。
歌詞にはこうあった。
「賞味期限切れの約束が ほら 風に散っていくよ。あなたが言い淀んだあの嘘もわしがほざいたあの戯言も みんなみんななかったことに」
お前、ほんま、確信犯やな!
詩はこう続く。
「恨みつらみの人生はもうやめにして 自分のまま飾りもせずにそのままで 出し抜き合い続けてる愚かな奴らとは縁を切って ワシらの時代をはじめよう」
お前がやり逃げした被害者に、泣き寝入りせい〜ちゅーこっちゃね。
極め付けはラスト。
「誰のせいでもなくもちろんワシらのせいでもなく、間違っているといつでも思っていたことで世の中は作り作られていくのでしょうね」
無責任が服着て歩いとるような、お前のせいや!
都合のいい女
そして、女ではない私が、今回、都合よく遊ばれてあっさり捨てられる女の悔しさを思い知ることになる。
音楽祭の前々日に車で東京入りすると知った彼は、「コッシー、僕のギター、重いから持っていって」と言った。
「いいですよ。それはいいですけど、2日間、個人練習しなくていいんですか?」
私の「がっかり」は、その時から、いや練習を始めた6月から始まっていた。私は気を使って、彼の自宅近くにリハーサルスタジオを見つけ、今後はそこを練習拠点にすることにしていた。私の自宅からは50キロ、車を飛ばして駆けつける。
しかし、そこに現れた彼は、おもちゃのようなギターを持っていた。
「いや、ギターも重いからね。」
「おいおい、自宅からタクシーでもバスでも近いわけで、ちゃんと持ってこいよ」
心の中でつぶやいた。
次の練習も、また次の練習にも、彼はそのおもちゃギターを持ってきた。しかし、あまりの下手くそさに、ついに私はこう言った。
「そんなおもちゃのようなギターでやってる以上、進歩しません。本番で使うギターを持ってきてください」と。
それで最後の2回の練習、彼は仕方なく?本番で使うギターを持って練習に臨んだのだった。
話を戻そう。
ギターを私に預けている間は、少なくとも練習できない。できなくても、うまけりゃ問題ない。まともにリズムすら刻めないへっぽこギタリストが、練習しようとしないなら、もう私は、お金を払って見にきてくれた観客への失礼に憤ることになる。
音楽祭の前日に、最終練習をした。
もちろん彼は手ぶらで現れる。東京、高井戸の練習スタジオまで私は、私自身のギター、ベース、当日の小道具を抱え、最後に余った右手に彼のギターハードケース(一番重い)を大切に持ち運んだ。
練習が終わる。
そして、彼はこう言った。
「コッシー、駐車場に車止めてるよね。僕のギター、今日預かってもらって、明日また持ってきてもらっていいかな?」
不思議だった。相変わらず彼のギター演奏は拙く、課題だらけ。
「え?明日までまだ個人練習する時間はありますよね?」
「まあね、でも、重いし、ホテルでは仕事したいし」
この時点で、私の気持ちはもうほとんど切れていた。
もはた煙が漏れかけているコッシー火山の大噴火を抑えに押さえて、我慢に我慢を重ねて、翌日も言われる通り、ギターを運んだ。下北沢では駐車場を探すのも大変なのだ。そこから運ぶ道のりを、大変さを、彼は人として想像することができないのか。
音楽祭当日も手ぶらで殿様出勤した彼と私、バンドメンバーたちは、以降、ほぼ行動を一緒にすることになった。
25歳から脳腫瘍と悪性リンパ腫と闘い続けて今日に至るドラムのしゅんちゃんや、黒ちゃんの体調にはバンドメンバーみんなの特段の配慮を感じた。
しかし、彼は「大丈夫?」とは声をかけても、そこにはまるで言霊が載ってない。
もっと言うなら、リクルート在籍時にはシュンちゃんにも黒ちゃんにも、そして木村ライダーには人生転落危機の大迷惑をかけた立場。懺悔の時間はいくらでもあったのに、彼の行動は自分のことだけに終始した。
私はそれを見て、黒田バンドではないもう一つのこのバンドから、メンバーを解放してやるべきだと思っていた。
そして、私が「都合の良い女」として「捨てられる」、その場面に至るのである。
過去、彼にやり逃げされてきた全ての人の仇を
音楽祭が終わった翌日、私は「コッシー、この重いギター、持って帰るの大変やからうちに届けて」と言われるまま、彼の自宅にギターを届けたのはちょうど20時半。
マンション下で待っていた彼は、意味不明の薄笑いを浮かべていた。
「せっかくここまで我慢したんや、おい俺、爆発するなよ」と
自分に言い聞かせて、車を降り、車から彼のギターを下ろした。
「お疲れさんでした」「ありがとう」とは聞こえた。
しかしこの時、私に対してだけは絶対に言うべき言葉が一つだけあった。
「引き続き頼むよコッシー」と。
しかしその言葉を彼はなぜか(数時間後、意図的だったことはわかったが)発しないまま、彼はヘラヘラと笑いながらギターを利き腕の左手に持って、部屋に消えていった。
無言でもその態度は、「5月に20曲の編曲をコッシーに依頼した、あれはもう無かったことにしよう」、というマイナスオーラに満ちていた。
不審に思いつつ、それでも私はまだ彼を信じて、そこから2時間、もったいないから下道を走って、22時半に自宅に着いた。
流石に疲れた。
頑張ったご褒美にと、私はいつもの、あのコンビニのでっかいロックアイスの器にウイスキーを並々注いで、いつもの晩酌を始め、今日一日見ていなかったメールとフェースブックを開いたのだ。
メールを見て、我が目を疑った。
彼のメール(全文そのまま)はこうだった。
「黒田さま・シュンスケさま・メンバー各位
(今朝、スマホからお送りしたメールが上手く届いていないかもしれないと思い、再度お送りしておきます)
お疲れさまでした。そしてありがとうございました。僕の拙い曲を一生懸命にサポートいただき本当にありがとうございました。
そもそも、大阪と東京のダブルトラックで、当日全員集合の離れ技に対応されたバンドの皆さんは凄いなあと改めて感じておりました。
黒田さま
お疲れが出ていませんか。くれぐれもお元気でいてくださいね。娘さんは黒田さんにそっくりでした。

シュンスケさま
またチャンスがあれば、よろしくお願いしますね。何よりも再びスティックを持っていただけたことが一番です。
僕はLIVEが終わったので、少し音楽を忘れて仕事に専念します。昔に比べて頭の回転が劇的に劣化しているので(昔からそうでしたが更に)、仕事の準備に、もの凄く時間がかかるので、少し力を入れたいと思います。
では、皆さん、本当にありがとうございました。」
はあ?
俺は、各位かよ?
別にメールが来てるんじゃねえかと、探したが、私宛のものはない。
次の瞬間、ハッと気付いたのだ。
これは、彼を、もう必要のない女として切ろうとしている、そのやり口なのだと。
重ねて言うが、私は5月に彼からの一方的な連絡で、彼のオリジナル曲20曲の編曲を依頼され、そのお披露目としてワンマンライブをクリスマスあたりにやりたいという彼の希望を叶えようと、20曲の編曲をほぼ終えて、それへの準備はさあこれからですね、と、依頼を完遂しようとしている人間なのである。
ギターを届けて、ご苦労様でしたで用済みの、宅急便のにいちゃんじゃねーんだよ!
捨てて火傷しないやつと、焼死させられるやつの違いは見極めろ
彼は、自称「言葉のプロ」。
さすがに、言葉のプロだけのことはある。つまり、言葉にしないことの効果も熟知している。
もう用がなくなった女には、「まあ、また縁があったらね」の一言と、ヘラヘラしたつれない態度のセットで浴びせて関係をフェードアウトさせてきたのであろう、その卑怯極まる最低男のやり口を、今まさに俺が体験しているのだ。
私に、「引き続き頼むよコッシー」と、この一言だけは必要だった。
その大切な一言がなく、帰ってメールを開くと、他のメンバーに「音楽を忘れて仕事に専念…」とあって、私には無言。
メンバーのみんなはそれに違和感なくとも、まだ大半の彼の依頼を今後完了していくつもりの私には、「あれ?どうするつもり?」というハシゴ外され感と困惑が、深夜、湧き出してくる。
過去、この手口で彼に捨てられてきた女、あるいは捨てられた部下が何人いたか知る由もないが、「ああ、このやり口で、この人は、約束とか、関係とかを、みんなみんななかったことに」してきたんだなあと。
「一旦音楽を忘れたい」、という表現は、今回演奏を手伝ったメンバーたちにはそれでいいかもしれない。いや、ダメだ。重い記憶障害に苦しむしゅんちゃんにも宛てたメールで、彼の1日を具に目の前にした男が、「昔に比べて頭の回転が劇的に劣化しているので(昔からそうでしたが更に)、仕事の準備に、もの凄く時間がかかる」という日本語を書いてはいけない、しゅんちゃんに読ませてはいけないのではないか?。
ましてや本来の「彼の音楽復活プロジェクト」を依頼され引き続き関わっている私には別の言い方と、今後はこんな感じで、とか、とにかく未来に向けて伝えるべき言葉があるはずだ。
しかし、彼の卑怯さは、ここにその真髄がある。
「コッシーのテンションを、各位扱いしてこのメールで下げたら、相当しつこそうな彼ともうまくさよならできるだろう」
そんな計算に満ち満ちたメールと、そしてマンション前でのギターを受け取る時の態度とが、見事な計算ズクであること。彼はとても頭がいい。でも、こんなことに頭の良さを発揮して人を傷つけ続けるなら、あんた、万死。しかもまだ「就職情報編集長」「とらばーゆ編集長」の肩書きを利用して、人様を教育する講師業をやっているって、あんた、人に何を教えるわけ?あんたがメシを食うために毒牙にかかるおとなしい人々は災難でしかないよ。もっとダイレクトに言ってやろう、はよ、死ね、と。
私との橋渡しをしてくださった岡崎坦さんだけには、
土下座でもしながら、ちゃんと説明しろよ。
うまく詭弁を弄して切り抜けようとするだろうが。
俺は死ぬまで許さんよ、焼き殺したろか、岡本武史。
