歯舞群島は、納沙布岬から手が届きそうだよ。こらプーチン、貴様はウクライナを攻めている場合ではない、即刻日本の北方領土を返還して違法な日本侵略を詫びよ!

アイヌ語の「ノッ・サム(岬の傍ら)」から地名が付いた納沙布岬(のさっぷみさき)は、北海道根室市の根室半島の先端部、本土の最東端(北緯43度23分、東経145度49分)に位置し、北方領土以外では日本で一番早く朝日と出会える場所として有名だ。

納沙布岬沖の珸瑤瑁(ごようまい)水道を挟んだ海の向こうに、ロシアが実効支配している北方領土の歯舞(はぼまい)群島が広がっている。古い灯台が立つ貝殻島まではわずか3.7キロメートル、その隣にある水晶島までは7キロメートルという近さ。当然、肉眼で島々を望むことができる。

一番近い貝殻島までは1時間もかからない至近距離であり、やはりこの納沙布岬に立つと、日本人が自由に行き来できない領土というものに強い憤りを感じる。

周辺は望郷の岬公園として整備されており、北方領土の歴史や生活について資料展示する「北方館・望郷の家」や、北方領土返還と平和への祈りを込めたモニュメント「四島(しま)のかけ橋」、元島民が運営する北方館や望郷の家などがあり、根室市北方領土資料館では北方領土について学ぶことができる。

北方領土返還を見守る「四島のかけはし」

納沙布岬には「望郷の岬公園」が整備されていて、そこに世界平和と「北方領土」返還を祈念するために作られたシンボル「四島(しま)のかけはし」が建っている。

このモニュメントの大きさは高さ13m、底辺の長さ35m。

択捉島、色丹島、歯舞群島、国後島の四島をアーチで結びつけたデザインになっていて、中央には1972年(昭和47年)アメリカから返還された沖縄県波照間島で採火し、キャラバン隊によって運ばれた「祈りの火」が四島返還を願って絶えることなく燃えている。

四島のかけはしのそばには平和の鐘があり自由に鳴らすことができる。

四島のかけはしと同じように北方領土を見守るのが、1872年に初点灯した「納沙布岬灯台」だ。

北海道では初の洋式灯台であることから、納沙布岬は「北海道灯台発祥の地」とされているようだ。

根室市北方領土資料館とオーロラタワー

根室の特産品の展示や販売を行っていた根室市観光物産センターが2016年(平成28年)3月末日をもって閉館。その代わりに同年の12月26日から新たに開館したのが根室市北方領土資料館である。

この資料館は第二次世界大戦以前、北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)に日本人が住んでいたという事実を後世に正しく伝えていくため、当時の島の暮らしぶりなどを紹介している施設で、館内では北方領土ジオラマコーナーやシアタールーム、島の生活に関する資料やパネルが展示され当時の様子を詳細に知ることができる。

この資料館は、一階と二階に分かれ、一階には北方領土の自然を表現する様々なパネル、オブジェ、剥製等が集められている。剥製の中で特に目を引くのが羅臼町近海で捕獲された体長約4メートル、体重約1トンもあるという道内最大級のトドの剥製もある。

納沙布岬でいちばん目立つ(高い)建物が「NPO法人 千島の砦」が運営するオーロラタワーだ。

およそ100メートルある展望台からは360度の視界が広がり、太平洋とオホーツク海、北方四島のひとつ国後島の山々、さらに知床連峰などが一望できる。

北方館と望郷の家

北方領土復帰促進に対する国民の関心が高まるにつれて、納沙布岬を訪れる一般観光客や復帰運動共鳴者が増える一方で、同岬地帯は地理的関係から気象条件が悪く、特に夏季間は濃霧のため視界が閉ざされる日が多く、至近距離にある貝殻島灯台をはじめとする歯舞群島や国後島などの眺望が全てできなくなるだってある。

北方館は、このような気象条件を考慮し、せっかく納沙布岬を訪れた人に北方領土を正しく認識してもらうため、北方領土を展望する諸施設や資料を展示し、世論喚起に資するとともに、元島民の心の拠所とするため納沙布岬に設置された。

北方館は、四島のかけ橋などのモニュメントの建つ公園の端、納沙布岬の碑の建つ先端部分のすぐ背後に立っている。

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北方館の左隣に望郷の家があるのだが、二つの建物はつながっていて、内部も分かれていない。つまり一つの建物の向って右側が北方館、左側が望郷の家となっている。

望郷の家の建設の趣旨が簡潔に書かれていた。

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北方館は一階と二階に分かれていて、主な展示は二階にあるが、両方の階を結ぶ曲線の長い階段の壁にも数多くのパネルが掛かっていて、充実した展示がなされている。

北方館二階の広く大きな窓からは、納沙布岬先端とその向こうの北方領土方面を一望することができる。岬からおよそ7キロメートルにある歯舞群島の水晶島を地上からとは違う角度から見渡せ、据え付けられた望遠鏡では水晶島に建つロシアの施設までもはっきり見ることができる。

私の誕生日はアイドル手塚治虫さんの命日であるが、2日前の2月7日は「北方領土の日」。

そして、8日は恩人・江副浩正さんの命日である。
歳を重ねれば重ねるほど、忘れてはならない「大切な日」は増えていく。