
1990年台後半の日本は、金融機関の破綻が続く一方で、ネット企業が登場しはじめ、リクルートでも紙からネットへ、ペーパーレスの情報提供への移行がテーマになっていた。
雇用面では非正規雇用者数が徐々に拡大。
従来と異なるキャリア観を持つ人々も増加しつつあった。
一方、労働人口の減少も目前に迫り、主婦等の労働力も求められるようになっていた。
非正規雇用者ニーズへの対応としては、リクルートグループとしてはフロムエーが先行していた。
しかしフロムエーは販売、接客、サービス系など、比較的カジュアルなアルバイト求人が多め。つまり特に大学生・フリーターなど若年層向けの求人が多い傾向にあり、おしゃれな仕事や接客・販売系には強みを持っているが、逆にそれゆえ、主婦(夫)などのアルバイト・パート層をも網羅して「住まいの近くで働きたい」というニーズを満たしているかというと、それはまだまだ十分ではないと思われた。
これからの日本では、家族との会話や家事の協力、そして地域とのつながりを持つことが大切になる。そのためには、各地域に住む人が地元の仕事を見つけられるように、街のすみずみの仕事を掲載して多くの読者に届けられるメディアが必要だ。
こうした背景とビジョンのもと。
地元のアルバイト・パート情報をフリーペーパーに掲載し、提供しようと。
1997年春、タウンワーク創刊チームが結成された。
創刊チームは、街頭でアンケートを採ったり、町中をまわって求人情報をかきあつめたり。
1年半の必死の準備を続け、1998年11月、千葉版と、町田・相模原版の2版、10万部を発行。
タウンワーク創刊にこぎつけた。

タウンワーク存続か、撤退か、検討して見極めろ
しかし、事業はなかなか軌道に乗らなかった。
当時リクルートは、膨大な借金返済の真っ只中にあった。
経営陣は、何よりも利益優先。少しでも利益を産む事業を求めていた。
そのためには、より伸びる事業に人材を集中させれば、より多くの利益を求めることができる。
そんな考えが優先されておかしくない、そんな状況であった。
そんな中でホットペッパー平尾軍団の快進撃が始まったが、一方で、タウンワークの苦戦は依然続いていた。
「タウンワーク存続か、撤退か、検討して見極めろ」
ABROAD、じゃらんのネット化を成功させたばかりのR86辻本秀幸に、一転、紙媒体としてスタートしていたタウンワークの立て直しが命じられた。

タウンワークは、関連会社のフロムエー、そして何より代理店各社の協力なしには成り立たない、飛び込み営業の膨大な積み重ねによって成り立つビジネスだった。
辻本はまず、狭域ビジネスモデルとして先に大成功の道を歩み始めたホットペッパーのベンチマークすべきこと、そのすべてを採り入れていった。
改革を進めながら、「細部は現場に宿る」を身上とする辻本は、自らが飛び込み営業を繰り返した。
来る日も来る日も…。
109フォーラムビジョンに映し出された「スパゲッティ食べました」
そんな2002年春のある日。
辻本は渋谷ハチ公前スクランブル交差点で信号待ちをしていた。
109フォーラムビジョンには、『ホットペッパーグルメ』のCMが大きく映し出されていた。

女:スパゲティ食べたでしょ
男:食べてないよ
女:ケチャップついてるやん
男:食べました!
女:私のクーポン券、使って?
男:使ったような気がします。
クーポンマガジンのホットペッパー
CL:リクルートから
少々脱線する。
このCMは、いわゆる「アフレコCM」の先駆けとされ、われわれクリエイターの間では伝説となっている傑作だ。
ホットペッパーを率いる平尾勇司は全国的に知名度を上げるためにCMを打つことを決断したが、当初は違うテイストのCMを考えていた。
このアフレコCMは電通によるものでクリエイティブディレクターは山崎隆明だが、2月放映の2ヶ月前、平尾と山﨑が会って、この路線への変更が決定されたという。
その際、山崎は平尾にこう言ったという。
「見事に編集されています。これは編集された本です。だからこれはマガジンなのです。なぜマガジンと名乗らないのですか?これは、クーポンマガジンなのです。」
それは、ホットペッパーが「クーポンマガジン」と命名された瞬間であった。
山手線各駅、そして、その中に入っていきたい!
話を戻そう。
109フォーラムビジョンに映し出されるこのホットペッパーのCMは、辻本には眩しすぎた。
タウンワーク創刊から5年、でも、大都会の都心、今自分が立っている渋谷の街に、タウンワークはなかった。
辻本は自問自答する。
都心の企業の求人と言えば、新卒採用ならリクナビ、中途採用ならリクナビNEXT、アルバイト、パートの採用ならフロムエー…。
求人媒体の老舗であるリクルート自身がニーズを満たしているように見える。
高校生・大学生・フリーター・主婦(夫)などのアルバイト・パート層をメインターゲットとする地域密着型の求人ニーズが、果たして渋谷のような大都会に必要とされるのだろうか?
必要とされるに決まっている。
「家の近くで働きたい」「扶養内で働きたい」というユーザーは、ここ渋谷にもいる。
しかもその数は膨大だ。
しかし、都心への参入ハードルはあまりにも高い。
まず、フロムエー、競合のフリーペーパー各紙店…。先行する媒体に対して、何より自社媒体とのカニバリをどうするか、価格政策も困難を極める。」
そんなことはわかっている。なんとか、地方都市だけでなんとか成り立つようになったタウンワークを、本当の意味で地域密着型の求人メディアにするためには、大都会でも成功させなくては…。
スクランブル交差点の信号が青に変わり、歩き出しても。
同じ思いが、何度も何度も、ぐるぐると辻本の頭の中でリフレインされていた。
ついに、風穴は、開いた
同じ頃、狭域ビジネス全体を率いる立場となっていた平尾勇司は、そんな辻本の想いが痛いほどわかっていた。
一方で、フロムエーは1982年に創刊して以来20年かけて、山手線の各駅およびその中の「大都市圏」の巨大なマーケットを席巻するに至っていた。
それゆえ、タウンワークがそのマーケットに入ってくることに対しては、「断固拒否」の姿勢を崩さなかった。
平尾は、そんなフロムエー経営陣と、何度も何度も交渉を重ねていたが、フロムエーの牙城は崩せていなかった。共存共栄を前提としたチャレンジであっても、タウンワークが都心に進出すればマーケットの「食い合い」が起こることは、間違いなかった。
諦めない平尾は、しつこく交渉を続ける。
「山手線の、どこの駅のマーケットにも(タウンワークが)アプローチするのはダメなのですか?」
「ダメだ。何度も言ってるだろう、ダメだ。」
「では、その、駅の近くの隙間的なマーケットならいいでしょう?」
「具体的には、どこのエリアを言っているのかね?」
平尾は、山手線駅にほど近い12のニッチ的なエリアを示し、こう続けた。
「ここなら、フロムエーさんの顧客も少ないし、いいんじゃないですか?」
「う〜〜ん、まあ、そこらのへんなら、いいだろう」
「ありがとうございます。で、これらのエリアの近くにある山手線の駅に、読者がとっていけるようにタウンワークのラックを置くのはいいですか?」
「まあ、ラックを置くことは、いいだろう。」
平尾は、心の中で、ニヤリと笑った。
会社に戻って辻本に、静かに、こう言った。
「風穴が、開いたぞ。」
フリーペーパーとWEBで求職者リーチ数ナンバーワンに
平尾のリーダーシップは、こうして辻本秀幸に受け継がれた。
R80の平尾勇司のDNAは、タウンワークはR86の辻本秀幸へと継承され、タウンワークはリクナビNEXTをも抜き去るビッグビジネスへと成長を遂げた。
辻本が平尾の期待に応えて起こしたホットペッパー神話に勝るとも劣らないタウンワーク神話がどれほど凄まじいものであったか。
2018年時点で、タウンワークはなんと「104版」を発行。
平尾が初めて山手線の駅への設置をとりつけたフリーペーパーラックの設置数は、2018年にはついに「10万」を突破した。
その結果、タウンワークは2018年、求職者リーチ数、仕事探しのメディアとしてのブランド想起ともに、ナンバーワンを達成したのである。
こうして身近な場所で手に取れる求人情報誌としての価値を劇的に高めたタウンワークは、雇用形態に関わらない地域に密着した求人情報を幅広い年齢層に提供することで、今まで仕事を探すことが難しかった層の求職ニーズに応えるまでに成長した。
さらに、紙媒体だけでなくWEBサイトやケータイサイト、スマホアプリなどでも求人情報を提供することで、より多くの人が街の求人情報を閲覧し、応募できるようになった。
「本当に仕事を必要としている人が、求人情報をすぐキャッチアップできるような社会にしたい。そのためには、街で簡単に手に取ることができる求人メディアの存在は必要不可欠だ。」
辻本の想いはこうして実現し、タウンワークは安心な「雇用のインフラづくり」の使命を背負うに至った。そして、その大成功への「風穴」をこじ開けたのが、平尾勇司と言う男であった。
断っておかねばならないだろう。
平尾が交渉を重ねたフロムエーは、もちろんリクルートグループの一員であり、大切なパートナーなのである。当然、共存共栄が大前提であり、事実、いまやタウンワークもフロムエーも、すべてはIndeedと融合して、それぞれがさらにダイナミックな進化を遂げるに至っている。
つまりは平尾勇司がフロムエーとの度重なる交渉の結果として開けた「風穴」は、の結果もたらされた新しい世界は、タウンワークの躍進、フロムエーとの新しい競業だけではなかった。
それは、間違いなく、リクルート求人系ビジネス大統合への「風穴」だった。
そう言って、決して過言ではないだろう。
賛否両論?読売テレビのキャンセル未遂
激怒するのは平尾のほんの一面であって、それだけが特徴ではない(笑)。
非常に緻密な計算と、そして、何より「執念」「しつこさ」にかけては絶対に人後に落ちないのだ。
フロムエーとの「交渉」の15年前には、こんな「伝説」も残っている。
リクルート事件の影響で顧客からの媒体掲載キャンセルが相次いだ際、リクルートブック関西版巻頭の表2&表2対抗に掲載予定だった読売テレビから広告掲載キャンセルの連絡が入った。
「うちは報道機関である。社会的に問題があるリクルートへの出稿はできない。すでに入金している出稿料金の返金は求めないが、掲載はキャンセルする。」
読売テレビといえば、楢崎弥之助がカメラマンに隠しカメラを仕掛けさせ、スクープしたご存知、日本テレビの系列である。
狼狽える営業担当と一緒に読売テレビ本社を訪ねた平尾は先方役員に、こう切り出した。
「お申込みいただいておりました巻頭の企画は、私どもの媒体のいわば『顔』でございます。キャンセルはご勘弁ください。」
「いや、キャンセルさせていただく。」
「キャンセルはお受けできません。」
役員の御気は強めて言った。
「すでに入金してある半金はそのままでいいと言っているだろう。」
平尾は、しばらく黙った後、静かにこう言い始めた。
「役員、リクルートが御社にテレビCMの出稿をいくらしているかご存知ですか?」
役員はにわかには答えられない。
「5億ですよ。御社が私どもを社会的に問題ありとおっしゃるなら、私どももそちらへの出広をすべて取りやめさせていただきますがよろしいですか?」
脅しとも言える平尾の言葉に、役員の顔からみるみる血がひく。
平尾は続けた。
「お金のことをおっしゃると、御社がキャンセルされようとしておられる出稿料金は500万円です。その半分はご入金いただいておりますが、巻頭企画に穴を開けるわけにはいかず、仮に半額ででも急遽どちらかのお会社さんに出稿していただくことになるとします。そうしますと、価格が250万円という実績が残ってしまいますし、そのお会社さんに継続して出稿いただく優先権が移りますので、仮に5年継続でそちら様の半額掲載が続きますと、うちとしては1000万円以上の損失が出ます。お金のことを言うのなら、その損失分をどうするかと言うこともあるわけですが。」
無茶苦茶ではないか、と批判する向きもあろう。
しかし結果的には、キャンセルの話は無くなったのだった。
そして後日、読売テレビの役員の中ではこういう会話がなされたそうだ。
「リクルートには、実におもしろい人間がいる。あの、事件の大逆風にまるで怯んでいない。多くの業者にありがちな、遜ったところがまるでないんだ。実に堂々とフィフティフィフティの話をしてくるではないか。真正面から、がっぷり四つに組んでくるんだよ。」
「う〜ん、ある意味、すごい会社だな。」
申込書がありません!菊池英俊の大和銀行往復世界新記録!
ついでに、というわけではないが。
リクルート事件で逆風吹き荒れた頃の、平尾のメンバーシップをいくつか紹介しておこう。
その頃、平尾の厳しすぎる?指導を日々シャワーのように浴びていたR89の菊池英俊とは、こんなことがあった。

まだ新人の菊池に担当させた大和銀行のクロージングに、平尾が同行したときのことである。
「では、そう言うことで。お申込書をいただけますか?」
平尾は、先方にそう言っても阿吽の呼吸で申込書を鞄から出さない菊池に苛立った。
「早く出せ!」と心の中で叫びながら、隣に座っている菊池の足を、ゴツいリーガルの革靴で蹴る。二度、三度…。
それでも菊池は、開けた営業鞄から申込書を出さない。
顔は、焦りと痛みで、汗びっしょりになっている。
平尾が菊池の足を蹴り続けると、菊池がついに口を開いた。
「も、申込書が鞄の中にありません!」
お客様の前で、お客様に見えないように菊池の足を蹴り続けていた平尾が、怒鳴った。
「申込書がないんじゃなくて、忘れたんやろ!それでも営業マンか!今すぐ取ってこんかー、5分で帰って来い!」
脱兎の如く大和銀行本社を飛び出した菊池は、御堂筋をひた走り、本町営業所で申込書をとって引き返すと、汗びっしょりの菊池に、平尾は言った。
「5分17秒やぞ、こら!」
大和銀行から当時の本町営業所までの距離を考えると、世界新記録のようなタイムだった。
悲劇のすべてを見ておられた大和銀行の責任者の方は、人格者を絵に描いたような人。酸欠で息絶え絶えの菊池の姿に涙ぐんで?こう言った。
「つらくなったら、いつでもウチにおいで。」
パワハラではない、それは、れっきとした暴力である
平尾は、どうせ向かって来れないだろうと一方的に部下を怒鳴りつけたり蹴ったりするようなパワハラ上司ではなかった。
平尾本人は、こういう。
「俺は、パワハラはしてないよ。足を蹴る?それは暴力だ」と。
暴力はもっといかんだろう、と私は思うが(笑)
大和銀行往復世界新記録を出した菊池英俊とは、日頃から正々堂々の勝負?もする仲だった。
菊池は非常に相撲が強かった。
そんな菊池と、平尾は会社のフロアでよく相撲をとっていた。
平尾も合気道を心得た武道家である。
強敵、菊池にライバル意識剥き出しで、本気の勝負を挑んだ。
しかし、相撲は菊池の方が強い。
一度、二度、軍配は菊池。
負けず嫌いの平尾は、さらにムキになってかかってくる。
「普段から営業で疲れ切っているのに、これ以上相撲取らされてもな〜。この人、勝つまでかかってくるのだろうから、もう負けるが勝ちか。」
菊池が力を抜いたところ、平尾の投げが決まった。
「どや、まいったやろ!」と、得意げな平尾。
そんな平尾を見て、菊池は思った。
「可愛い人やな」
一番弟子・小岸との真剣勝負では、肋骨にヒビが
菊池は相撲の好敵手だが、平尾にとっての一番弟子・小岸弘和は剣道の強敵だった。
大手自動車メーカーへの同行営業。
早く着いた二人は、先方の社屋前で、日経新聞を丸めて剣道の試合を始めた。
小岸にしたらチャンバラごっこ。しかし、平尾はまさに真剣勝負の勢いだ。
二人は次第に本気になっていく。
「胴〜〜〜〜!」
小岸の渾身の「胴」が決まった。
平尾の肋骨には、ヒビが入った。
正々堂々の勝負に言い訳もしないし、肋骨にヒビが入ったことを一言も責めない平尾だったが、値引きをして受注をとる営業に対しては、それが誰であろうと、とことん責めた。
小岸がまだ新人だった頃、企画書づくりに精を出し夜中の2時過ぎまで残っていた。
フロアには、平尾だけが残っていた。
小岸は、出来上がった企画書を平尾に見せた。
平尾は企画書に目を通して、こう言った。
「値引率が、1.2%高いな。どうしてこういう提案をするんや」
そこから延々と。真夜中の静けさの中で、小岸は詰められまくった。
小岸が、値引に対して異常なまでに抵抗するようになった、これがその原体験であった。

それから大きく成長した小岸とは、さらにこんなこともあった。
当時「リクルート速報」という、就職戦線終盤に企業と学生とを結ぶ媒体があった。
小岸は、採用目標を必達したい顧客と、リクルート速報連続掲載の超大型商談に臨んでいた。
商談が佳境に入ったところで、先方が一息入れようと、紅茶を出してくださった。
まさにその時、平尾から電話が入った。
当時は、携帯電話なんてものはない。小岸が今まさに商談中の、顧客に、電話をかけてきたのだった。
「お客さんのところまで、何の用やろ?」
電話に出た小岸に、平尾の怒鳴り声。
周りにもまる聞こえの怒鳴り声に、先方担当者は驚き、これはただ事ではないと察して、小岸に目で合図をしながら退室された。
どのぐらい経っただろうか。
電話で延々と詰められた小岸が受話器を置いた、その気配をまた察してくださり、気を遣って退室しておられた先方が、今度はケーキを持って入って来られた。
小岸が先方担当者が持ってきてくださったそのケーキを口にし、先に出していただいていた紅茶に口をつけると、その紅茶はすっかり冷たくなっていた。

ケツはまくらなかったが、スラックスをまくった下出永典
リーガルの靴で足を蹴られたといえば、その回数においては菊池の1年先輩R88の下出永典の方が、普通に考えて1年分、多いだろう。
ある日のこと。
下出は、自分が担当するクライアントの中でも、もっとも値引きのキツイ会社との値引き交渉をまとめきれずに、失意に塗れて会社に戻った。
「あのお、先方の値引き要求額が、平尾さんに認めてもらえる範囲を超えてまして…」
下出が報告すると、平尾は怒鳴りつけながら、下出の足を蹴った。
大和銀行で足を蹴られた菊池は、平尾の横に座っていたわけで。
平尾も、さすがに先方の前では、回し蹴りもできず。
つまり破壊力においては、下出のスネに食らわせるリーガルキックの凄まじい破壊力とは比べ物にならなかったろう。
容赦ないリーガルキックが、下出のスネに繰り返し飛んだ。
「明日は、必ずまとめて来い!」
そう命じられた下出は、次の日、再度の交渉に臨んだ。
先方の要求値引き額は変わらなかった。下出は、ついに、ケツをまくった、もとい、スーツのスラックスをまくった。
剥き出しになったスネは、青黒く内出血し、平尾のリーガルキックから一夜明けてなお血が滲んでいた。
先方の顔色がにわかに変わった。
「なんですか?どうしたんですか?その怪我は?」
「昨日、お願いした値段で契約できなかったので、平尾にこんなんされました。」
先方はもう何も言わなかった。
いや、言えなくなったというのが正しいだろう。
下出が差し出した申込書に、下出があらかじめ書き込んできた金額そのままで、黙って押印してくれたのだった。
「血の滲む努力」と人は言う。
下出がスラックスをまくったこの場面は、これが本当の「血の滲む努力、もとい暴力」ではなかったか。
しかし、こんなことは絶対に、誰だって。
したくない?もとい、されたくないだろう。

裸の、なが〜〜〜〜〜い、お付き合い
血の滲む暴力を振るわれた?下出だが、平尾とは裸の長〜〜〜〜い付き合い、そんな仲だった。
下出が担当する尼崎の超大手製紙会社は、電車を降りてから歩く距離が長かった。
平尾に同行してもらったが、その日はもう夕方、顧客とのアポイントはもうない。
先方から駅に向かう道に、「手ぶらで入れます」の銭湯を見つけて、平尾は言った。
「下出、風呂に入ろう」
下出は、蹴られた膝の怪我がまだ痛んでいたのかはわからない。
まあ、しょっちゅうリーガルキックは喰らっていたから、常にスネの生傷は絶えなかったろう。風呂に入るとしみただろう。
だからかどうか、下出はサウナ&シャワーをさっさと済ませて、スッキリして、外でタバコを吸っていた。
ところが何本タバコを吸って待てど暮らせど、平尾がいっこうに上がってこない。
「僕の膝をいたわって洗ってくれるでもないのに、何をしているんだろう?」
下出は、たまらず中を覗いた。

平尾は頭を、丁寧にシャンプーしていた。
さらにじっと見ていると、体をこれまた本当に丁寧に、タオルでゴシゴシと洗い、電気風呂、さらには泡風呂に、順番に入っていく。
下出は、1時間以上、長〜〜〜〜〜〜〜〜〜い平尾の風呂を、じっと見ていた。
これが、下出と平尾の、文字通りこれが本当の「裸の長〜いお付き合い」である。
さまざまな愛と評価の形
高藤聡は、ホットペッパーの名物イベント、いわゆる飛び込み大会で、最下位に沈んだことがあった。
平尾は、高藤に、こう言った。
「お前の部下たちは、日本一かわいそうな奴らだ。」
愛の鞭とは言え、過酷な言葉だった。
しかしその言葉は、どこか中途半端な気持ちでリーダーをやっていた高藤の心の奥深くに、グサリと突き刺さった。
高藤は、このことを、メンバーに包み隠さずに伝え、メンバーにこれからの自分は絶対に変わる、そのことを魂に乗せて、伝えた。
そして、翌年。
前年のリベンジに燃える高藤が残した数字は、なんと135軒。
2位に100件近い差をつける、全力で走って回らなければありえないような件数だった。
部下の、手荒なリベンジに、平尾の胸が震えた。
染川昇は、ホットペッパーにも実名で登場するレジェンドメンバーだ。
ホットペッパーの事業は、かつてリクルートが得意にしていた社員の直販営業では到底成り立たないもので、大半を占める業務委託メンバーによって支えられていたが、染川もその一人だった。
彼の営業実績は、社員の誰も敵わない、ダントツのナンバーワンだった。
ある日、染川が、他のメンバーもいるところで平尾にこう言った。
「ナンバーワンの数字を挙げている俺が、社員の人たちより身入りが少ないって、どういうことですかね。」
平尾は染川に近づき、胸ぐらをつかんで、まさに鬼の形相で怒鳴りつけた。
「お前、そう言うことは二度と言うな。また言ったら、今度は許さんぞ。契約内容の通りになっていないならともかく、そうではない限り、その言い方はない。それに、そもそもお前が望んだ雇用形態だろうが!」
確かにそうだ。自分はブライダル家具の家業があって、たまたま親父と喧嘩して、それで自分が望んだ雇用形態でリクルートで働いているのだ。
染川は納得した。
その数日後、染川はたまたま銀行に行った。
通帳を見ると、残高が変だった。
リクルートから自分の銀行口座に振り込まれていた。
「名目はなんだったか忘れたけど、その金額が、なんと100万円だったんですよ。」
平尾勇司という男び、メンバーへの愛は、それは半端ではない。
そして、その愛の表現、感謝の伝え方は、実にさまざま。そして、いつも正当なのである。

平尾勇司から辻本秀幸へのDNA継承
染川昇や高藤聡たちと成し遂げたホットペッパーも、辻本秀幸らと成し遂げたタウンワークも。
第8話の主人公、「サンロクマル」で奮闘したR80中澤さかなからのバトンを受けて、同期の平尾勇司が確立した「狭域」をキーコンセプトとするリクルートの新しいビジネスモデルである。
そして、R80の平尾勇司が成したホットペッパーに続けとばかりにタウンワークを大きく開花させたR86辻本秀幸は、第7話の主人公・絹谷や平尾の一番弟子でありブライダルビジネスの雄となった小岸弘和とも同期である。
このあたりのDNAの伝承は、リクルートをして人財の宝庫と呼ぶに相応しく、宝庫であることを象徴するような展開でもあろう。
人財の宝庫といえば、平尾の弟子たちって、いったい何人いるだろうか。
さて 冒頭写真は、3月16日に、たまたま集まった弟子たちである。
「俺に、私に、声が掛からなかったのはおかしいではないか?」
と、怒らないでいただきたい。
だって、いくら小岸弘和がいかにブライダルビジネスのトップにいるからといって、何万人もの弟子たちを一つの施設に収容することはさすがにできまいて。
武道館でも無理だ(笑)
平尾勇司から辻本秀幸へのDNA継承、そして…
10話はここで終わる。
最後に、第11話以降の予告を。
「かもめのDNA」の11話は、今この国に大きなインパクトを与えつつある、平尾の愛弟子・辻本秀幸の物語である。
いまやヴァリューズを率い、生成AIを駆使してアジア制覇を狙う辻本は幼少期から社長を目指し、学生時代にはビジネスを立ち上げ、リクルートで新規事業や関連会社経営を手がけた男だ。
彼の実力を「アライアンスでスピーディに 数十万人の会員を集め、同時に多くの大手企業クライアントを開拓したビジネス推進力」と言葉にしてしまえば、「飛び込み営業の積み重ねと代理店各社とのアライアンスによって築かれた芸術品」とも言えるであろうタウンワークも、まあ似ているようにも思えるが、私の恐竜並みの頭の中では、この二つはまるで違ったものにしか思えない。
なぜって、ヴァリューズのビジネスは、ビッグデータ、AIを駆使しての事業支援によって、クライアントの生産性を飛躍的に向上させうる事業支援なのである。
ただ、自ら先頭に立ちながらも独裁的にならず、メンバーを尊重し、愛情を持って育て、協働する組織を創るマネジメント力はリクルートでの経験で身につけたものであり、何より平尾のDNAである。
両者の間には、実はマーケティング分析の先進システムを創り上げることができた、(株)マクロミルで一部上場企業の経営を経験するという、準備期間があった。
物語は、平尾勇司から辻本秀幸へのDNA継承からマクロミルでの経験との化学反応へと展開し、そこからヴァリューズの物語と、リクルートの高橋信太郎が率いたインディードとカニバリしつつの「大融合」へと分離して発展する。
乞うご期待。
最後に、3月16日の写真を何枚か添付し、第10話を終わることとする。


