
兵庫県立図書館は、昭和4(1929)年に設置された「兵庫県巡回文庫」により始まり、県下全域の文化の発展を図るという役割を引き継いで、明石公園内に昭和49(1974)年に開館しました。それは私が16歳、明石高校1年生の時。我が家が引っ越して「通学路」が随分長くなった、なんとそのタイミングでちょうど通学路の中間点に立派な図書館が現れたのです。登校はバス、下校は図書館に寄るために徒歩という新しい通学スタイルを確立したのです。図書館を出て明石駅へと向かう道は、今も絶景の連続です。

兵庫県立図書館は、日本の都道府県立図書館の1つとして兵庫県が設置した公立図書館です。多くの都道府県立図書館が県庁所在地に設置されるように、本来なら神戸市に設置されて然るべきでした。しかし神戸市にはすでに全国屈指の規模の神戸市立図書館があったため、明石市の兵庫県立明石公園の敷地内に、明石市立図書館と隣接する形で同時に建てられたのでした。この実にめでたいダブル図書館が、現在、兵庫県政と明石市制の対立ともいうべき「捩れ」に発展するとは思っていませんでしたが…。
開館したその日から、学校帰りに図書館に立ち寄るというのが私の日課となりました。寄っても閉館まで時間はあまりありませんでしたが、それでも大好きな日本の歴史書を少しずつでも読んでから帰るという日々でした。現在私は66歳ですから、それから実に半世紀。東京や京都で働いていた期間も長かったものの、盆暮正月には帰省時にここで読書するのが楽しみで、この図書館に一度も足を運ばなかったという年は今までまったくありません。今はまた明石に住んでいるし時間もたっぷりあるので、図書館に通う頻度と滞在時間は激増しています(笑)。
ケヴィン・ローチの図書館を目指して建てられた
基本設計・実施設計・工事監理を担当された竹山清明氏は、「緑豊かな明石公園内に建設するということで、建物が突出しない計画を考えた。両図書館の真ん中に中庭を設け、それを取り囲むように段々状に建物を配置し、段々状の屋根スラブの上に豊かな植栽を配置して、小山のような景観をつくり出そうと。ケビン・ローチの図書館計画を参考にした。」と意気込んだ。

ケヴィン・ローチが残したオークランド博物館(OMCA)の建物は、すばらしい庭園を備えている。モダニズムの建築と屋外空間の統合が都市空間の中で図られた、極めて重要な例であり、竹山氏はまさにそれを明石公園という自然の中で実現しようとしたのだろう。

そんな竹山氏の理想は、諸々の事情で思い通りには進まなかった。「様々な空間を経験した現在であれば、例えばダラスのカーンのキンベル美術館の前庭のように、幾何学的に整然と配列した樹木で魅力的な空間を創造することなども出来たであろう」と竹山氏は悔いるが、明石公園の自然に包まれ鳥のさえずりや木々のそよぎを感じる快適な読書空間の出現に、私は狂喜した。ただ一つあった疑問は、県立図書館と明石市立図書館との「使い分け」はどうしたら良いのかということだった。全く別の本とかジャンルとかで区別されていたら別だったが。

写真上が兵庫県立図書館、下が明石市立図書館(現在は閉館)で、まさに隣接している。

旧明石市立図書館は、現在はまさに廃墟である。2017年に明石駅前に移転した後は、3年ほど郷土史関連の図書などを運び込んで扱っていたが、2020年3月に閉館。建物が使われないまま立ち入り禁止になると、1年半後の2021年9月には屋上でミイラ化した遺体が見つかるということもあった。

県立図書館は昔のまま存在し、今日も私は大好きなこの閲覧室にいてこのブログを書いたが、隣にあった明石市立図書館は、泉房穂市政が推し進める明石駅前再開発によって、2017年1月27日に明石駅南側の複合商業施設「パピオスあかし」4階に、2代目の本館となる「あかし市民図書館」として開館した。この移転によって、明石市立図書館の旧本館は2020年3月に閉館してもぬけの殻になったのである。それから4年が経とうとしているが、建物が使用されることはなく、立ち入り禁止の看板が設置され、建物周辺には草が生い茂るなどまるで廃墟のような状態となってしまったのである。


県立図書館と同時に開館した当初の計画では、市立図書館が地域サービスを受け持ち、県立図書館が県下の市立図書館のネットワークの中心に座って、市立図書館を指導・補完するという位置づけだったという。この「机上の空論」的目論見はあっけなく崩れ、明石市は独自に動き、今は県立図書館も明石の地域サービスに手を割かざるを得ない状況になっている。
土地を所有しているのは兵庫県、建物を設置したのは明石市。仲良くやれれば問題ないはずだが、この枠組みが拗れる場合は多い。
捩れにねじれ、拗れにこじれまくってきた県政と市政
本来なら許可期限の2023年3月末までに市が更地にして県に戻す必要があったが、約束の期限から2年が過ぎようとしている今も実行には移されていない。背景の一つには、高額な解体費用がある。明石市が2020年に実施した試算によると解体にかかる費用は約8億円。諸物価高騰の今なら、その金額では到底済まない。「漫然と費用をかけて解体するのではなく、活用を検討したい」とする方向は当然だろう。
市は「解体とともに新たな公共施設を整備すれば、国の補助制度などを利用して財政負担を減らせる可能性がある」と説明。その場合、県から新たな許可を得ることも期待できるとしたが、施設の具体像には一向に踏み込まない。許可期限が過ぎた今も建物が残る現状は「違法状態」とも映るが、市の担当者は「今は県に待ってもらっている状態」とする。一方、県の担当者は「原状が回復されない状態が長期化するのは避けるべきだ。仮に市が新たに活用するのであれば、まずは実現に向けた計画を示してほしい」と、明石市側にボールがあるままと待ちの姿勢を貫く。
泉房穂V.S.斉藤元彦、パワハラコンビ、ツワモノ同士の冷戦
こんな動きもあった。泉房穂市長がまだ在任中の2021年、県立図書館を明石港東外港地区(同市中崎1)に移転してはどうかと県に提案した。都道府県で最低レベルの蔵書数や貸出冊数の改善を図ることなどが主な理由であったが、県はこの提案を、「耐震補強工事をして間もない」との理由で断っている。同地区をめぐっては県が再開発を計画しており、泉市長はそこに、図書館の移転を検討に加えるよう求めた格好だった。
このあと明石市で開催された全国豊かな海づくり大会兵庫大会プレイベントでは、泉市長が冒頭のあいさつで、県立図書館を同地区へ移すよう列席中の斎藤知事に要請した。これが直接要請なのかは別にして、このあと県は文書を通じて、「耐震補強工事を終えている」ため「県立図書館の移転は考えていない」という旨と、併せて「県立図書館に隣接する旧市立図書館を解体し、更地にして2023年3月末までに県に返還するとのスケジュールを守るよう」市に伝えたという。
これに対して泉市長は「解体のみを単独で行う場合は市の費用負担がかさむ」と強調。建物や跡地の今後の利用計画とセットで進めるよう県に理解を求めていくとの考えを示していた。
泉市長から丸谷市長にバトンが渡ったはずだったが
明石市の丸谷聡子市長が2023年5月に泉房穂氏からバトンを受けた時点で、すでに県への返還期限を2ヶ月過ぎていた。しかし就任時に本件について問われた明石市の丸谷聡子市長は「明石公園全体の価値を高めることにつながれば、市と県にとってWIN-WINとなる。市民の意見を聞いて検討したい」と玉虫色の答えを返すにとどまり、結論を出す時期すらも「軽々には言えない。県と丁寧に議論する」とした。しかし市長としては当たり前だが解決に意欲は見せ、兵庫県の斎藤知事も「丸谷市長と電話で今後の方針を確認した」とアピールした。
兵庫県と明石市が、共に問題解決へと一歩踏み出そうとしたその時、明石市の前市長、泉房穂氏のSNSでの一言が、明石市議会をざわつかせる。

土地活用が進んでいないのは「兵庫県側が悪い」「斉藤知事が詫びた」という内容をSNSに投稿したのである。これに対して斎藤元彦兵庫県知事は「投稿内容が事実と違う」と、なぜか泉氏本人ではなく明石市に文書で抗議し、記者の質問にはこう答えている。「お詫びやお礼をした事実はございません。それが誤った内容でSNSを通じて数十万人の方に拡散したという形になりますから、恐ろしいことであり大変遺憾なことだと思っています」。

明石市議会が問題視したのは、斎藤知事と丸谷市長との電話の内容が泉前市長に”漏れた”ということだった。「丸谷市長」か、「斎藤知事からの電話を受けたときに部屋にいた明石市の幹部」のどちらかが泉前市長に話したのではないかと。2023年9月14日の明石市議会本会議で追及された丸谷聡子市長は「前市長とは一切お話しはしておりません」と、同席していた高橋啓介政策局長は「私ではございません」と繰り返した。
では、誰から情報が漏れたのか?ということで、なんと今度は明石市庁舎に盗聴器が仕掛けられているのではないかという疑惑が生まれ、翌日9月15日の委員会で明石市庁舎に“盗聴器が仕掛けられていないか”調べるとの決定がされるに至ったのだ。

これを受けて直撃された泉房穂 前明石市長は、「盗聴なんてするわけないやろ。電話内容を取材した複数のマスコミ関係者から聞いた。市長時代からの自分の感情が入った。ただ、直接話を聞いたわけちゃうから、不確かな情報だったっていうのは反省しています」と言い、その後「不確かな情報だった」と認めたため、誰かは明確ではないが関係者から話を聞いた泉前市長が、自身が市長時代に兵庫県と対立していた背景もあって拡大解釈をしてしまい、SNSで「兵庫県から謝罪があった」と投稿してしまったことから起きた騒動ということで事態終息となった。
兵庫県と明石市は協力して問題を迅速に解決できるのか
まあ、そんなドタバタはどうでもよいこと。問題は、兵庫県と明石市は協力して問題を迅速に解決できるかどうかということだ。解体費用は約8億円かかるということがネックとなり問題がズルズル先送りになってきたが、2017年の閉館からミイラ化死体発見を経て、建物を置いておくだけで警備費用など年間約300万円という税金の無駄遣いが続いている。
2024年も終わろうとしているが、兵庫県側の最新の見解は以下の通りである。
「旧明石市立図書館については、令和5年3月末までを期限として明石公園内での設置許可を行っていましたが、原状回復が図られておらず、設置者である明石市に対して、原状回復及び土地返還、返還までの間の適切な管理を求めてきたところです。このたび、明石市から、旧明石市立図書館の撤去等に向けた考え方や具体的なスケジュールが提示され、懸案の解決に向けた大きな一歩を踏み出しました。県としては、明石市との連携を密にしながら、スケジュール感を持って、必要な協力・支援を行ってまいります。」
具体的な活用方法が未定のままで、今後スムーズに話が進んだとしても、解体となった場合も新施設のオープンは早くて2026~2027年度を目標にすることになりそうだ。
私は、解体には反対の立場で、2023年の正月には一人の兵庫県民として、明石市民として、兵庫県、明石市双方に以下のような提言を行なっている。「兵庫県が明石市から建物を買って、そこを県立図書館の別館とし、我が国最悪レベルの蔵書数を一気に増やそう」という提言で、明石市は解体費や維持費の出血を免れ、県としては県民へのサービス向上とともに汚名を返上できるWIN-WINの提言だったのだが。県からも市からも提言への感謝はあったが、どうやら解体されてしまう方向のようだ。提言した内容は以下、もはや備忘録として。
蔵書数が都道府県立図書館の中で47位のままで良いのか
旧明石市立図書館の建物を、兵庫県が明石市から譲り受け、あるいは買い取って、県立図書館の別館として活用する方法は考えられないのであろうか。以下は、兵庫県に対しては、いち県民として、県立図書館の蔵書数があまりにも少ないことの是正は急務であるとの立場。そして明石市に対しては、8億円もの税金を使って建物解体はするべきではないといういち市民の立場からの提言である。
調べたところ、蔵書数66万8711冊(2021年3月時点)は、都道府県立図書館の中でなんと47位。2020年度の貸出冊数は個人向け(3万6,628冊)が45位、団体向け(3,055冊)が28位、図書館向け(1万379冊)が28位。2021年度の資料費予算額2040万円は45位にとどまっている有様だ。
国会図書館の約千万冊は比較するべくもなく、次元の異なる話になるとしても、神戸市立図書館の約190万冊や大阪府立図書館の約250万冊ぐらいは、目標に掲げるべきなのではないだろうか。政令指定都市や東京区立図書館などでは200万冊の水準はザラで、現状の66万8711冊はあまりにも少ないだろう。

兵庫県に申し上げたい。上記写真のように、簡単に一望できる貧相とも言える蔵書数を、今後充実を図っていく蔵書の受け入れ先として、旧明石市立図書館を新たに書庫スペースとして活用することが考えられてもよいのではないか、と。私の記憶では、県立図書館の現在の積層書庫を延長して隣接地に積層書庫を増設するというのが当初の構想と聞いていた。
何よりここは県の土地である。旧明石市立図書館の建物を入手すれば今後の改修費や維持管理費は必要となるが、明石市が解体しようとしている用無しの建物のこと、取得費用はほとんどかからないであろう。そのまま耐震補強をして使うもよし、取得して大きな床面積を得れば、そこにもし大胆で柔軟な計画の変更を加えるもよし。新たな使いやすい建物として再生できる可能性は大きいと考える。
県立図書館と同様の耐震補強をして建物を活かすべき
建物老朽化、耐震性の問題については、先に県立図書館が竣工からほぼ40年が経った8年前に耐震補強と外壁の傷みの補修で大がかりな修繕工事を行って成功しているではないか。主要部分の変更はほとんど目に付かない見事な改修工事だった。
普通、耐震補強と言えば、斜材の鉄の無骨な筋交いを窓の開口部に無神経に取り付けるなど機能面だけを重視し、建物のデザイン的な美しさを損なうことには無頓着な事例が多い中で、県立図書館では、一部の窓開口を耐力壁に変更したり、壁厚を増やすなど、ほとんど目立たない手法で行われた。私もしばらくの休館期間ののちにすぐに行ったが、大工事だったにもかかわらずなお新築時の空間づくりがそのまま大切にされ、景観や空間の質は保たれつつ美しく蘇っていて、とても感動したことを覚えている。
明石市には、8億円もかけて解体する考えは即刻捨て、兵庫県に買い取ってもらう打診をしてほしい。どうせ県の土地で、思うようにはならないのであろう。8億円もの血税、あるいは年間300万円もの維持費を投入することなく、売却益まで手に入れられる。この判断によって得られる財源は大きい。また、一般に公共建築では築後40~50年経過すれば、安易に取り壊し・新築となってしまう事例が少なくないが、そのような世間的な風潮とは異なり、兵庫県が古い建物であっても8年前に修繕に費用をかけて長く活用しようとした姿勢は高く評価されるべきものだと思う。明石市も、そうした考えを大切にして、「レガシーを活かす地方自治」に、兵庫県との協力関係をもって邁進されることを強く望みたい。