不朽の名作「駅 STATION」の舞台「銭函」から「増毛」へ。「貧乏」なのに「銭函」、「毛無」が「増毛」とはこれいかに?

映画「駅 STATION」公開されたのは1981年。
「北の国から」の倉本聰が脚本を担当、そしてメガホンをとったのは降旗康男監督。

翌年社会に出る、まるで世間知らずの学生の私であっても、大いに感動した作品だ。

以後、若造では理解できなかったことの発見が30代、40代、50代と何度も見るたびにあり、67歳で観ると、また違った。

主演の高倉健をはじめ、いしだあゆみ、田中邦衛、根津甚八、阿藤快、寺田農、小松政夫、大滝秀治、室田日出男ら名優たち、そして名シーンを彩った「舟唄」の八代亜紀までもが。生き返ってスクリーンに現れ名演を繰り広げているように思えて、いちいち涙腺が緩んでしまう。

映画は、オリンピックの射撃選手であり、警察官でもある健さん演じる三上英次と、彼の人生と交錯する女たちを描いた作品で、「直子(いしだあゆみ)編」、「すず子(鳥丸せつこ)編」、「霧子(倍賞千恵子)編」という3部作からなる。

特に、「霧子(倍賞千恵子)編」で、健さんと倍賞千恵子さんが、吹雪の夜に小料理屋のカウンターで、TVから流れてくる八代亜紀の「舟唄」を聞きながらいつの間にか惹かれ合うシーンは学生時代に見た時には実感が沸かなかったが、歳を重ねて見るたびに圧倒的リアル感が増し、これこそ邦画史上最高の名シーンと言ってもさほどの異論は出ないだろうと私は思っている。

高倉健と倍賞千恵子

この作品の本編とも言える「霧子編」は、留萌本線の終点(当時)増毛(ましけ)駅で、英次が誰かを待っている霧子を見かけるところから始まる。

その夜、偶然霧子の店に入った英次は、霧子を見てこう言った。

「昼間、駅にいたでしょう?一度見たら忘れないよ、いい女は」

口説き文句を投げかけたことで、二人の距離は一気に縮まるのだ。

私は健さんの年頃になった頃、この健さんの手口?とセリフを真似て飲み屋のママを口説こうとしたことがあったが、うまくいかなかった。

中年の悲哀を出せばなんとかなると思ってのチャレンジだったが、言って似合う人と似合わない人、てか、言っちゃいけない人がいることを思い知らされた。

ところで健さんと倍賞千恵子さんは、この映画以外にも「遙かなる山の呼び声」や「幸福の黄色いハンカチ」など北海道を舞台にした映画で何度も共演している。どの作品の中でも、ベストカップルという称号がふさわしいが、この作品での相性は中年男女の悲哀がもう十二分に滲み出ていて圧巻だった。

居酒屋霧子のシーンが邦画史上に残る名シーンナンバーワンと言われる所以だろう。

「増毛駅」のいま

登場人物たちの出会いや別れの舞台となった増毛駅。

屋根や屋根を支える柱など、撮影当時と変わっていない。ベンチは変わったかな?

映画のラスト。健さんは退職願をストーブの火のなかに入れると、札幌ゆきの夜の汽車に乗りこんでいく。

駅舎から少し歩いた先に一段高くなるホームがあり、そこから汽車に乗りこんだ。

撮影当時と変わらない風景だ。

2016年12月5日。留萌駅~増毛駅の路線廃止に伴い、廃駅となった。2010年代は、増毛駅の平均乗降客数はわずか20人程。映画冒頭に出てきた小樽手前の「銭函駅」と同様、「増毛駅」もかつてはニシン漁で栄えた漁師町だったが。

これほど過疎が進めば廃線廃駅は避けられないのだろうが、やはり寂しい。

出会いと別れが交差した英次の人生の駅 STATION

この増毛駅は、英次が事件を追って列車でやってきた駅でもあり、増毛の事件で滞在中にはよくランニングをした場所だった。そして、桐子(倍賞千恵子)と初めて出会った場所でもあり、最後に桐子との別れの場所ともなった。

かくも過酷な仕事を退職する事を心に決め、退職願いまで書いていた英次だったが、かつて自分の上司が射殺された凶悪犯を自分の手で解決させたことで、この増毛駅で辞表を破り捨て警察官の仕事を続ける事を心に決めた場所にもなるのだ。

そして、もともと雄冬(おふゆ)の出身である英次にとっては、実家に帰る際に必ず乗り降りした駅だった。英次が札幌から実家の雄冬に帰省する時は、増毛まで列車で移動して、増毛港から船で雄冬に帰るというルートしかなかった。

今では国道231号線はオロロンラインという海沿いの国道で、四季の変化で海の色が変わり、水平線に沈む夕日が美しい場所として知られるが、映画の設定当時はまだ国道231号線が開通していなかった頃で、山道は車も走れず、雄冬は陸の孤島とも言われた町だった。

英次は帰省する際、国鉄の終点であった増毛駅で降りて増毛港まで歩き、そこから出る連絡船に乗るという交通手段しかなかったのだ。

増毛駅から港に出ると雄冬行きの船着場があるが、常に天候に左右され、波が荒れていれば船はしばしば欠航となった。
英次が正月に帰省した時も海は大荒れ。

船は出ず、仕方なく居酒屋に立ち寄った店が、増毛駅で偶然出会った桐子が経営している居酒屋だった。
ここから桐子との付き合いが始まったわけだが、もしお正月の帰省時に晴天の静かな海であったなら桐子との付き合いは生まれず、そうすると映画にも何にもならなかったわけで(笑)。とにもかくにも自然は気まぐれで、人間の人生などは常にいとも簡単に左右される、そんな日本海の自然の力が映画では存分に描かれる。

そして、最終話の増毛町は、映画冒頭の銭函駅と、果てしなく広い日本海で繋がっている。

増毛駅の近くにある風待食堂

通り魔事件の犯人の妹、すず子(烏丸せつこ)が働いていたのが、増毛駅近くの「風待食堂」。

今でも外観は変わらず、当時のまま保存されている。
中は食堂ではなく、観光案内所になっていて、映画のロケの時の写真などが飾られ、訪れる観光客を喜ばせている。
映画では、風待食堂のすぐ向かいにある増毛ホテル(これは実在しない)から24時間、犯人の妹すず子を見張って犯人逮捕につなげる。

連続殺人犯役の根津甚八が、深く愛している妹すず子の前にあわらる緊迫のシーン。

妹を愛おしく思いつつ、警察の囮捜査にはまったことを察知するときの複雑な表情。根津甚八は、この迫真の演技で、個性派俳優として活躍していく片鱗を見せている。早逝が悔やまれる。
犯人は逮捕され死刑囚となるが、犯人が妹を思う気持ちは英次と同じだった。だからこそ、その死刑囚が死刑に至る4 年間、刑務所に差し入れの品物を送り続けるのだった。
英次は雄冬の実家に帰る度にすず子を思いやり、遠目で見守りながら、死刑執行後は増毛にある死刑囚のお墓にお花を添える。

風待食堂の前に立つと、こんな場面が思い出される。

銭函駅のホーム、別れのシーンから物語は始まる

映画はまず、英次の前妻・直子との別れのシーンから始まる。

直子を演じたいしだあゆみは「北の国から」でも、田中邦衛演じる夫五郎の元を去っていく役を演じていたが、いずれも甲乙つけ難い圧巻の好演だ。

銭函駅は小樽と札幌のちょうど中間地点にある海沿いの小さな駅。銭函という駅名(地名)は、かつてはニシン漁で栄えてどの漁師の家にも銭函が積まれていたからだという。

今からもう45年前になるが、この駅のホームでロケが行われた。銭函駅はその頃と全く変わっていない部分も多い、レトロな駅だ。
映画冒頭で英次(健さん)が妻(いしだあゆみ)との別れのシーンの舞台となった銭函駅のホームには

雪が降り、一面白い景色だった。

このホームで、妻の直子と息子はじゃんけんをしていた。

この映画のオープニングは、警察官の英次(高倉健)が、妻の直子(いしだあゆみ)と4歳になる息子と、雪の降る銭函駅のホームで別れるシーンだ。

健さんは小さな我が子にせがまれて買った駅弁を妻子に渡し、自分はホームに残る。
そして別れの時がやってくる。

列車が動き始め、函館本線銭函駅から旧型客車に乗って敬礼をしながら去っていくいしだあゆみ。

涙を堪えながらも笑顔を保とうとする姿がいかにも切ない。

齢67の今観ると、本当にいしだあゆみは可愛い。列車は札幌方面へ向かって消えていった。

警察官の英次は過酷な仕事と、オリンピックの射撃選手に選ばれ合宿生活が続いていた事も、離婚の原因だった。こうした夫婦の互いの想いの違いについてリアルに分かり共感でき始めたのは、恥ずかしながら私の場合40を過ぎていただろうか(笑)。

妻子と分かれ、駅の外で待つ大滝秀治さんと健さんが合流した駅の入り口側の駅看板だ。