なってはならない「アル中=アルコール依存症」、ガンマをたずねてガマンを知る

酒と書いて きちがい水と読みまする。今は口にできん言葉でも、昔の人がそう言ってたのさ。

「ういっ~、お酒飲む人、花ならつぼみ、今日も酒酒(サケサケ)、明日も(酒)咲け、ってね。」
「ずぶ六は寝るが ずぶ五は手に負えず」なんてことも言いますな。
ぐでんぐでんに酔っぱらった呑兵衛のことをずぶ六と言いまして、呑むだけ呑んでずぶ六になって潰れてしまえば、寝かせておけばいいのだが、始末が悪いのはその一歩手前のずぶ五の状態だねえ、騒ぎ、絡み、暴れるわ、喧嘩したり女の尻を追いかけたり。酒乱、酒狂は困ったものでございます。

まあ、江戸の庶民は酒には寛大でございまして、泥酔して、醜態を晒しても、翌朝になれば「酒の上のこと」として許された、呑兵衛にとっちゃいい時代だったのでございます。
「おいっ与作、どうしておめえはそんなに酒を呑むんだい?」
「忘れてえのさ、忘れたいんだよ、ご隠居さん」
「ええっ?お前はいったい何を忘れたいのだい?」
「ういっぃいぃ、、ご隠居さん、忘れたよそんなこたあぁ」

アル中の恐怖

これは「江戸の小咄」だが、笑って済まないのが「アル中=アルコール依存症」だ。
かつて先輩、友人であったほぼ同世代の人間だけで、アルコール中毒になった者は、指折り数えてみたら21人いた。

小学校時代の友人が一人、30代で廃人になって路上を徘徊し、40歳手前で死んだ。中学校時代の友人も2人、音信はアル中になって以降無くなって、安否は知らない。高校時代の友人は2人、ともに飲酒中に事故死した。

大学時代の友人では、同学年だけで6人。これは1学年でたった125人しかいない大学(京都市立芸術大学)だから出現率は異様に高い(アルコール依存症者の有病率は、男性が1.9%、女性が0.1%、全体で0.9%)。これでいくと、世の中の平均値の5倍というとんでもない出現率だ。「芸術」と「アル中」の相関関係、これはもう確実にありそうだ。

で、その6人のうち2人はともに若くして死亡(一人は自死)、一人はオウム真理教に入信して以降消息不明。2人は現在ほぼ廃人で、一人は京都で生活保護を受けている。
リクルート時代の先輩は、同世代に限定して2歳上に2人、すでに死亡している。一人は自死、一人は駅の階段から転落死した。
同期には幸いアル中はいないようだが、リクルート後輩には5人いた。二人は30歳代で死亡(一人は自死)、1人は廃人にまっしぐら、2人は治療を受けてすでに社会復帰している。よく頑張った。

それ以降の社会人生活を通じて、縁があった同世代は3人。一人は糖尿病も酷く入退院の繰り返しで、一人は治療を受けたが再発している。一人は孤独死した。

結局、私と同世代で縁のあった21人ものアル中患者で、社会復帰した人間はたった2人。

社会復帰率は、1割未満である。

絶交→復縁を繰り返して

この中21人の中に、いくら説得しても一向に酒を止めようとせず、それでも昼間は仕事をしている男が一人いる。もちろん仕事をするのはいいのだが、その仕事が何かが問題だ。社会にかける迷惑と、罪の重さだけは指摘しておかねばならない。
彼とは、途中二度の絶交期間があったが、リクルート時代から通算で30年以上、しかもかなりの深い付き合いだった。この間、忠告を一切聞き入れないので最終的に完全に縁を切ったが、この絶縁直前は仕事も、音楽活動も、ともにしていた。
一度、彼を家から叩き出して、家族にメッセージを送ったことがある。
「至急病院にかかれ」と。
私に絶縁されたとわかった奥さんが彼を病院に連れて行き、治療が始まった。

何年か後、完治したということで「復縁」を申し出てきた彼を私は受け容れたが、「今度またアル中で迷惑をかけたらその時は最後や」と告げた。

そして、一旦受け容れた甲斐は、やはりなかった。
「完全に治りました」と言う彼と、2人で飲んだ店の伝票が手元に残っていた。

2019年2月9日(私の誕生日)入店、店を出たのは翌日00時12分となっている。
「復縁(絶交解消)」の祝い」と、「私の誕生日祝い」をしたいと言うことだった。
結局、理由をつけて自分が飲みたかっただけだったが。
伝票には、2人で飲んだ酒量と時間が記録されていた。

伝票を見ると、ディープ十三ならではの昼呑みタイムサービスのタイムリミットが来るまで生ビール中ジョッキを急いで2人で12杯。「さあ、帰ろうか」と私は言ったが、もうこうなると彼の目は以前の彼。しっかりすわって、「別人格=酒乱の彼」になっていた。

タイムサービス後に通常料金の「生中」を4杯追加。その後ビールの注文をやめて焼酎類やハイボールなどウイスキー類に切り替えてから24杯。合計すると2人で40杯のアルコール飲料を飲み干していた。

ブラックアウトはすでに危ない

私はいわゆる「酒豪」ではあるが、社会人になってから酒で記憶を喪失したことはない。

酒で記憶を無くす=ブラックアウトは、「アル中」の症状の一つで、重大な「危険信号」だそうだ。
この時、どちらがどれだけ飲んだかは関係なく、二人とも異常な量のアルコールを体内に入れている。

しかし、私は何をどれだけ飲んだか、そして彼との会話の一つひとつ、朝まで飲んだ店や帰り道も全て覚えている。

ところが、彼はそれらの記憶が翌日?になるとすべて消えているのだ。

この店を出て、二人は別れたが、すでに日付は変わっていて、二人とも乗るべきだった終電はとうに出ていた。どうせ朝まで十三の長い夜を過ごさねばならないが、私はやはり彼の「完治」が嘘であったことに落胆していたし、再び「醜態」を見るのも嫌で、彼とは別れ、敢えて行動を別にした。

翌日、彼に電話を入れると、その後の行動の一切の記憶はなかった。私と飲んだ際に話した内容も忘れていた。また、ブラックアウトか。

彼はつまりステージ2の「ブラックアウト」の常習で、過去に重度の「うつ病」経験もあってアル中の病状はステージ3のど真ん中。ステージ4のいくつかの項目にも、すでに該当していた。

アル中の4段階と最終局面

ステージ1 飲酒量の増加と耐性の形成

習慣的な飲酒を続けていると、以前と同じ飲酒量では酔わなくなる。これは、アルコールに対する耐性が形成されるためだが、人によっては不眠やストレスを解消しようと飲酒量がますます増えていく。

ステージ2 ブラックアウト

飲酒時の記憶を失うことを「ブラックアウト」と言う。ブラックアウトは、アルコール依存症の有無にかかわらず飲酒することによって起こりえる脳の記憶障害だが、頻繁に起こる場合はアルコール依存症の初期症状と考えられる。

ステージ3 精神依存

習慣的な飲酒が続くと、「ほろ酔いで満足できない」「ついつい飲みすぎてしまう」「お酒なしではいられない」など、飲酒のコントロールができなくなる状態になる。この状態が精神依存であり、重篤化すると飲酒にばかり気を取られ、他のことに関心がいかなくなる。

ステージ4 身体依存

常に飲酒していると、脳は飲酒時が通常の状態と判断して機能するようになるため、飲酒をやめると発汗や震え、不安・イライラなどの離脱症状が出てくるようになる。この状態が身体依存だ。アルコール依存症になると不快な離脱症状をおさえるためにお酒を飲まずにはいられなくなるという悪循環に陥っていく。また、飲酒による問題が目立つようになり、飲酒のために嘘をついたり、「迎え酒」をするようになり、飲酒中心の生活に変わっていく。

依存症後期に突入

私が彼と絶交してから2年が経っていたが、再開して飲んでいる彼の姿は、彼が言った「完治」など嘘八百、私の目には彼は「依存症後期」に突入したと見えた。

「依存症後期」の症状としては、飲酒により仕事や生活が困難になる、家庭や社会的信頼を失う、食事をとらずに飲酒を続けるなどが指摘される。

彼はすでに「盗撮」で警察に捕まる、駐車中の「ヤクザ」のベンツを蹴りあげる、人に絡んで喧嘩になって殴られる等々、十分それに該当することを繰り返していた。

はっきり覚えている。私自身が最初に絶交したのは、私の妹に対してこう言い放った時だった。
「障害者は生産性ゼロですよね、生きている価値がない。みんな死ねばいいんです。」

私は、こう聞いた。
「酒の上ということで一度は見逃してやろう。しかし、俺は以前にも君から同じ考えを聞いたことがある。本当に君はそう思っているのか?」。
彼は二度と聞きたくない同じ言葉を繰り返し、私に対して、「なんで障害者のために僕が税金を払うのか、説明してほしい」と続けた。

たった一人の妹に、死ねばいいだと。人間としても、兄としても、許せなかった。

アル中が若者の未来を指南するのはやめてほしい

ちょうどこの頃から彼が大学で教鞭をとっていたと知って、私はひっくり返った。
彼が代表をつとめる会社のホームページ、といっても個人事業だが、ネットで検索した。

すると、確かに大阪公立大学、大阪経済法科大学、大阪樟蔭女子大学で学生の「キャリア教育」などの講義を受け持っていると書いていた。

彼の本業は、本人曰くだが「マーケティング企画から現場運営管理、人材教育までワンストップでできる数少ないファシリテーター、プランナー、ディレクターとして活動。マーケテイング・教育関係での講演も多数」。

信じがたいのは、これに加えて「2009年より大阪公立大学(旧大阪市立大学)大学院経営学研究科にてキャリアデザイン論講師、2014年より大阪経済法科大学にて広告心理論、製品開発論、2018年よりメディアと広告、プレゼンテーション実践講師」を堂々と名乗っているということだ。

2024年からは大阪樟蔭女子大学にて「学生提案型インターンシップ講師」もしているらしいが、「障がい者は皆生産性がゼロ。社会のお荷物なんだから皆死ねば良い」という価値観の持ち主がやっていいことだろうか。
彼のこの価値観と全く同じことを言った男がいた。ちょうど彼が講師を始めた頃、2016年7月26日未明に相模原市の「津久井やまゆり園」で19人の入所者を殺した、その犯人だ。
その同様の思想の持ち主が、15年以上にわたって学生たちを食い物にし続け、今なおそれを続けているのだ。私は、「アル中」を完治しない限り、「若者の未来を指南する」仕事だけは、「教育者」だけは、やってはいけないと思う。

大学の経営にかかる経費削減のために、安い金でアル中患者を講師に雇っている上記の大学もまた、万死に値するだろう。

すでに絶縁し、フェイスブックでのつながりも絶ったが、彼がこのブログを見て、再びアル中の治療を始めることを切に願う。

早期のシグナルを軽視しないこと

早期 健康問題:肝機能異常、高血圧、憂うつ、不安感 社会的問題:遅刻、病欠、集中力の低下、適応力の低下 家庭問題:家庭内の喧嘩、子どもに対する常軌を逸したしつけ、責任の放棄 後期 健康問題:肝硬変、不整脈、がん、慢性膵炎、認知症、情動障害、不安障害 社会的問題:暴力、事故、怪我、失業 家庭問題:離婚、配偶者および子どもへの虐待、子どもの養育の放棄、親権の喪失

「アル中=アルコール依存症」は、酒飲みや酒好きとは違う。

れっきとした「病気」である。医師の診断を受け、治療を受けるほかない。

ただ、そうなる前、病気になってしまう前に、2つだけそうならないチャンスはある。
一つは、本人の理性と意思、もう一つは、家族のサポートだ。

一つ目の理性、それは上表の、早期の健康問題の初期症状として、たとえば肝機能異常、高血圧が認められた時に、理性的に対応できるかどうかだ。

たとえば、チャットGPTもといガンマGTP(γ-GTP=ガンマ・グルタミルトランスペプチダーゼ)という血液検査で測る酵素がある。これは肝臓や腎臓、膵臓などの臓器に存在する酵素で、肝臓の機能を評価する指標として、おそらく酒飲みならよく知っているものだ。血液検査で数値を測定すると必ずこの項目が含まれていて、肝臓や胆道に障害があるかどうかを調べることができる。

このγ-GTPの基準値は男性:50IU/L以下、 女性:30IU/L以下とされ、数値が高いと肝炎、アルコール性肝障害、肝硬変などが疑われるので、これで全てがわかるわけではまったくないにせよ、とてもわかりやすく肝機能の状態が把握できるのだ。

血液検査でわかることは同じ、そこからの行動が違う

何年ぶりだろう、久しぶりに、血液検査をした。正月以来晩酌の量が増えていたし、誕生日もあって飲みすぎたかのか、最新2025年2月19日のデータでは、γ-GTPが過去最高の69(写真下)になっていた。

「なんだ、そんなもん、高いうちに入らんわ」と、この数字が何百にもなって日々酒を楽しまれておられる左党の人には叱られそうだが、私も大酒飲みなのだがこの肝臓、これまで「ガンマGTP」の数値が過去最高で50、それを超えたことは一度もなかったのだ。

酒を飲み始めて40年以上にわたり、私の肝臓は例年ほぼ30台のスコアをキープして続けてきた。

「ガンマ」をたずねて「ガマン」を知る…。

これは私の人生訓の一つだが、サラリーマン時代などは毎年定期検診を受けることができるというたいへん恵まれた環境にあって、ガンマGTPの数字を見つつ休肝日を設けるなど「理性」でコントロールしつつ今日まで、私は自分の肝臓も守ってきたし、「アル中=アルコール依存症」という病気も遠ざけてきた。

「ガンマ」をたずねて「ガマン」を知る…

これからも、私はこの人生訓を大切にして、美味しい酒を飲み続けていく。