「今朝までの数日間、どこで何をしておられましたか?」。私を殺人事件の犯人と疑ってやってきた捜査一課のデカとパンツ一丁で対峙。

旅から一旦家に帰り、私の旅の間施設のショートステイに行っていた両親を迎えるために介護体制をあれこれ整えていると、ピンポ〜ンと誰かが来た。
「クソ暑い中、食事洗濯に忙しいのに、誰や?」
全身汗まみれ、パンツ一丁のまま、応対に出た。よくもそんな格好で人前に出るな〜と呆れられるかもしれないが、忙しいと格好など構っていられない。ドアを開けると、ガタイがよく眼光鋭い一人の男。面識はない。

「警察の、捜査一課の刑事です」と彼。
捜査一課といえば、刑事ドラマでお馴染みだ。
殺人、強盗、放火、誘拐など「凶悪事件ばかりの捜査を担当」する警察の部署で、警察組織の中でももっとも切れる者、実績をあげてきた者、そして凄腕ぞろいの精鋭集団である。

しかし67年生きてきたが、ナマ捜査一課のデカに対峙するのは初めてのことだ。

内藤剛志を10年ほど若返らせ、少し陰険な表情をさせたらこんな感じ、といった風貌である。

死体の顔を見てもらえますか?

彼が口をひらく。
「実は、近くの岩蛇池の南側の、水門の上で男性が死体で発見されました。それで、近隣の方々に聞き込みをしています。」

「え?さ、殺人?」
「首にロープが巻かれていまして、事件と自殺、両面から調べています。」
「はあ、ご苦労様です」

まさかウチから直線距離で100メートルも離れていない「岩蛇池」で殺人があったなんて。

にわかには信じがたかったが、目の前に立っているこの人が、ウソを言っているとも思えない。

「兎にも角にも身元確認を急いでおりまして、(死体の)写真があるのですが、(顔を)ご確認していただくことはできますでしょうか?」
咄嗟に「いや、ちょっとそういうのは苦手でして」と私。
ハゲを隠そう何を隠そう、イキがって、ツッパって生きてきたのは表向き。本当は血をみるとたちまち卒倒しそうになる気弱でへなちょこな私である。

死体を見るなど到底無理で、ましてや殺された人間の死体など、見た瞬間に倒れるに違いない。

「遠慮させていただいても良いものでしょうか? 私、高齢の両親の介護のためにこの家に帰ってきてまだ日が浅いんです。それまで神戸に住んでまして、ここいらのご近所さんの面識などほとんどないですし。」
「あ、まあそれなら結構ですが」

デカは、私に見せようとした写真をしまいながらこう言った。
「ご遺体は、灰色の作業服姿です。50代と思われますが、何か、心当たりはありませんか?」

アリバイの確認

「ところで、今朝、昨日、一昨日、3日前までですね。ご主人どこで何をしておられましたか?」

「今朝は起きてからずっと家におります。昨日は、豊岡、あ、ずっと北の方にコウノトリスタジアムという野球場がありまして、母校の甲子園の県予選の試合を観戦しに行ってました。ここのところずっと旅に出ておりまして、球場には旅先、具体的には群馬県から入りましたけど、それが何か?」

「旅行ですか?ずっと一人だったということですか?」
視線はずっと私の顔から逸らさない。その目の奥が光る。

「同居の人は?」

「95歳の父、89歳の母と同居して、二人の介護らしきものをしてます。私が旅に出ている間は、妹に介護、世話を任せるのですが、それができない時はショートステイなどのお世話になって、その時はウチには誰もいません。」
予断は禁物、誰でも徹底的に疑ってかかるのが重大な殺人事件の捜査なのだ。

私は今この瞬間、犯人かもしれない、殺人犯かもしれないと疑われているのである。
私は部屋に戻って財布を玄関に持ってきて、その中から、領収証の束を取り出した。
「昨日の夜までの、旅先での領収書やレシート、高速道路の領収書、ガソリンスタンドや道の駅での買い物などのレシートですが」

実に素早く目を通し、何やらメモるデカ。

徹底的に人を疑い、1ミリでも疑わしいことが完全になくなるまで、こういうことを24時間365日積み重ねるのが彼らの仕事なのだ。

「今日の夜、自治会があります。そこでこの件、話してみますが。」と私。

「まあ、これまでに近隣の聞き込みはほぼ終わっていて、留守だったお宅、ほぼ最後なので皆さんご存知だと思いますが。何かあればご連絡ください」

デカは頭を下げたが、視線は私の顔に向けたまま、ドアを閉めた。

悪化する治安

それにしても、捜査一課のデカは、そこらの警察官と異質だった。

いい悪いではない。

人間の「体質」というか「考え方」というか、とにかく「質」が違うということだけははっきりわかる。
同じ捜査一課のデカでも、敢えてオーラを消し人混みに潜る人もいるのだろうが、今日来たデカは、鍛え上げたその体、刺すような視線、素早い頭の回転と無駄のない体の動き等々。

できる男のオーラを出しまくっていた。
自治会に出席すると、もうこの話題で持ちきり。

蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

のんびりした環境の中にあって、土曜日深夜に走り回る暴走族を除いては静かで平和と思われたこの地域でもまさかの殺人事件。

くわばらくわばら。

ちなみに、この記事をアップした本日、2025年7月12日13時15分現在、捜査は継続中、事件は未解決である。