「もたいまさこ」似の店主は住友生命で15年、故郷三朝温泉に帰って31年。60年前に母親が三朝温泉で始めた店を守り続けていた

1980年代から1990年代初頭にかけて契約された生命保険の中には、現在では考えられない高い予定利率が適用されているものがある。

バブル絶頂期の1985年から1990年にかけて予定利率が5.5%から6.25%と、今ではあり得ない高さで設定されていた終身保険、養老保険、個人年金保険などの積立型保険は、契約時の予定利率が満期まで適用されるため、同じ保険料でも現在の保険商品よりも高い返戻金が期待でき、長期的に見て非常に有利な条件となっていて「お宝保険」と呼ばれている。

なるほど「お宝」、特に解約を慎重に考えるべき「価値ある保険」とされている所以である。

この時代、もちろん生保各社それぞれに「お宝保険」はあったわけだが、とりわけ1980年代の住友生命の「お宝保険」は有名だ。この時期、住友生命の個人年金保険や終身保険は、契約時の予定利率が際立って高く設定されていて、「お宝中のお宝」と言われている。

今でも解約がきわめて少ないという、住友生命の「お宝中のお宝保険」を、「売りまくった人」が、鳥取県の三朝温泉にいた。

創業61年目の、一品料理屋に飛び込んで

鳥取県に入り、三朝温泉にやってきた。
日も傾いて、旅も今日はここで一泊だなと、河原に開放された無料駐車場に車を停めた私は、24時間無料で入れる天然温泉、あの有名な「河原風呂」を楽しもうと、おっとその前に恒例の「旅の晩酌」を楽しもうと、良さげな店を探して温泉街を物色した。

橋の下には「ほぼ丸見え」の、後で私が行こうと思っている河原温泉が見える。

三朝橋を渡り切って、2つ目の路地裏を見やると、「ひょうたん」という小さな一品料理屋さんの赤提灯が目に入った。

一限で、いい店を見つけるのが私の特技である。

ここは間違いないと確信し、迷わず店に入ると。

あれ?もたいまさこさん?
私は、カウンターに立っていた店主をもたいまさこさんと一瞬見間違った。
カウンターの奥の席に座り、ビールを頼んでから目の前に並べられた逸品の中から、料理をチョイス。
「カレイの煮付け」「ポテトサラダ」「野菜の炊いたん」を選んだが、あとはおまかせ。
いただきながら、店主「まさこさん」との旅の会話を楽しんだ。

杯を重ね、世間話で打ち解けてもきたので、私はまさこさんに聞いてみた。

「このお店をなさる前、どこで何をしておられたんですか?もしよかったら、教えてくださいな」

日本で一番「お宝中のお宝」保険を売った人

「大阪で、保険を売ってました」とまさこさんは話し始めた。

「15年以上、37歳までやってて、お客様からかなり契約をいただきましたよ。自分で言うのもなんですが、トップセールスでした。私は年齢的に若かったので、ベテランの人たちがやっかみ半分、私が枕営業をしてるだの、根も歯もないことを散々言われましたよ。で、故郷の母親の体調もすぐれなくなって。そろそろ潮時かなって。」
まさこさんが住友生命の大阪本社で頑張っていたのは、1980年から1994年まで。
まさに、住友生命の「お宝中のお宝」保険を、「売りまくって」いた。トップセールスということは、「お宝中のお宝」保険を日本で一番売った人ということになるのだろう。

「お客さんにとって、とてもいい保険でね。契約していただいてからもう30年以上も経つのに、今でもあまり解約されないんですよ」とまさこさんは誇らしげに言った。

この人と私は、若い日に会っていたかも

1994年、37歳の時に、まさこさんは住友生命を退職。故郷の三朝温泉に戻ってきたという。

この店「ひょうたん」は、昭和40年、つまり60年前、まさこさん8歳の時にお母さんが自分を育てる前に開業した店で、三朝温泉に帰ってきてから店を引き継ぎ、今年で31年。

母が店主だった期間30年を、とうとう上回ったという計算になる。

まさこさんと私は同い年ということもわかったが、私がリクルートに入ったのが1982年、やめたのが1991年の秋。特に私が大阪勤務だった1987年からの3年間は、オフィスも近く、つまり住友生命の本社ビルは北新地の入り口に建っていて、ニアミス?すれ違い?は頻繁だったはずだ。

「リクルートの大阪支社へは行ってましたか?」

「ええ、もちろんです。新大阪のビル、大阪の駅前ビル、それからものすごい大きい、竹中工務店が建てたビル、それからまた自社ビルを建てられて、そこにも行っていましたよ」

「僕、そのうち、後の2つのビルにいてましたよ」

「は〜、多分お会いしてたかもしれませんね!」
まさこさんは同い年だが、社会人としては先輩。私たち二人はバブル狂騒曲の時代、あのブラックレインの大阪の街を走り回っていたのだ。私のオフィスにも来ておられたのだから必ず互いの顔は見ていたはずだし、おそらく御堂筋のどこかですれ違ったこともあっただろう。

神田橋育子さんのこと

「あいにく僕は、保険はニッセイでね。他の保険会社の人の話は聞くことも禁止されてまして(笑)」

私が新入社員のとき、神田橋育子さんという、辣腕外交員がリクルート大阪支社を席巻していた。神田橋さんが昼休みに、カップヌードルを2個食べている私のデスクまでやってきて、彼女が私に言った言葉、今でもはっきり覚えている。

「あなた、同期の柴田くんも土居くんも、みんな私の言う通りにしてるんだから、あなたも私の言う通りにしなさいね。はい、この保険に入るのよ、明日また来るから、ハンコ用意しといてね」

こうして半ば強制的に入らされた保険は、「お宝保険」に匹敵するものだった。それは住友生命の「お宝中のお宝保険」ほどではないにしろ、確かに予定利率が高く、神田橋さんは私がリクルートをやめてからも「あなた、この保険は一生ものよ、絶対に解約しちゃダメよ」としばしば念押しされていた。

神田橋さんは「顧客本位」に徹しておられた方で、リクルートを私がやめてからも、大阪、京都、神戸と目まぐるしく住まいを変えた私の自宅に何度も来てくださり、その時々の「事情」に耳を傾けてくださって、ベストな保険の見直しをしてくださった。

神田橋育子さんという人は、結局、ご高齢で認知症を発症されてお仕事を引退されるまで、ほぼ私の半生にわたって面倒を見てくださった人である。

「契約する保険は、その契約通りのものでしかないけれど、誰と契約するかって、めちゃくちゃ大切ですよね!」
私がそう言うと、まさこさんは、黙って大きく頷いた。
私との契約期間中、年賀状とお中元の「素麺」を、毎年一度たりとも欠かさなかった神田橋さん。
その年賀状の中で、これは、大阪支社で契約した3年後、神戸支社に異動していた私を神田橋さんがわざわざ訪ねてきてくれたこと、そして、柴田、土居が相次いで結婚する中、私の結婚について心配していただいていることがわかる内容となっている。

河原風呂を占有する隣町のジジイたち

河原風呂は三朝温泉の中心を流れる三徳川に架かる「三朝橋」のふもとにある。

まさこさんの店「ひょうたん」からは店の路地から出ると1分も歩かない。

「この後ね、そこの河原風呂でひと風呂浴びてから、河原に停めてきた車の中で寝るんですよ。河原風呂、24時間入れて、無料なんですってね」

と話を向けると、まさこさんはこう言った。

「マナーの悪い爺さんたちがいなければいいけど」

「マナーの悪い爺さんって、そんなのがいつもいるんですか?」

「無料で、入り放題じゃないですか?で、洗い場のスペースはないのにシャンプーやら石鹸やらを持ち込んで、自分の家の風呂みたいに毎日入りにくる爺さんたちがいるんですよ」

「地元の方?」
「いえ、三朝の人は、観光に来ていただく人のための無料温泉だとわかっていますから、そんなことはしないんです。マナーが悪いのは隣町の人たちなんですよ」

そうか、地元だと、いづらくなるけど、隣町ならなるほど「恥はかき捨て、やりたい放題」なのか。

「毎日のようにやって来て、シャンプーや石鹸の泡を出し放題、無料の温泉を長時間独占する隣町の身勝手老人のために、その運営費を私たち三朝の人間が税金として払っていると思ったら、虚しいし腹も立つんだけどね」

隣接している街といえば、鳥取県の倉吉市と、岡山県の鏡野町だが、おそらく県も違う岡山県の鏡野町のジジイたちの傍若無人がかなり怪しい、と私は見た。

「ご馳走様。美味しかった〜、そして、楽しかったっす」
まさこさんとお別れし、私は迷惑千万ジジイたちがいないことを祈りつつ、河原温泉に向かった。

「ほぼ丸見え」と言われる河原風呂の実態やいかに?

「ひょうたん」の路地を出ると、大綱引き資料館「陣所の館」があってその目の前に、三朝小唄の像があり、そのすぐ横に川辺へと降りていく石段がある。

この石段を降りていくと右手側に、石に囲まれた足湯と、その奥にお風呂が見える。ここが無料で24時間入れることで有名な河原風呂である。

「ほぼ丸見え」と言われている河原風呂には、行くと誰もいなかった。
なので足湯に足をつける女性たちがいて、楽しそうにしていたのだが、まあ、ほぼ丸見えなので、私が服を脱ぎ始めるとそそくさと帰って行った。

大した逸物でもないので、ちゃんと見えないだろうし、見えたところで何らの差し支えもないのだが、女性たちを追い出したような気がして、とても申し訳ない気がした。

かく言う私も、「ほぼ丸見え」とは聞いていたが、「囲いはあって無いようなもの」で、あまりの開放感に正直驚いた。川辺からはもちろんのこと、三朝橋を通る通行人からも、ほぼ丸見えなのだ。

混浴露天風呂だし、これほど丸見えでは、さすがに女性は利用しにくいだろう。

私が露天風呂に浸かるやいなや、2人、3人、4人と入ってきたが、噂のジジイ、高齢者はもっと早い時間帯なのだろう、比較的若い男性ばかりだった。

いや、この立派な露天風呂を24時間、無料で楽しめるなんて、そして「まさこさん」がいて。
三朝温泉は最強、再訪間違いなし。