
新年あけましておめでとうございます。
2年前の元旦は、こうご挨拶申し上げた直後、能登の人々は新年のお祝いどころではなくなったし、その後も列島が揺れる頻度は増して、紅白歌合戦のクライマックス23:27分に震度4で揺れた東北に、そして首都圏直下、東南海、九州にも、大地震の危機はたしかに迫っているような、そんな嫌な予感もするわけだが、なんとか平穏な新年であってほしい。
兎にも角にも、日本が少しでも良くなる、そんな一年になればと願う。
私は老齢の旅人だが、せめて私にできることはしたい。
と、昨年はまず春に東南海〜南海トラフ大地震の際の津波が心配な太平洋沿岸各地の自治体を回って対策を調べて回ったのだが、無防備に近い地域も多い現状に愕然とした。
夏には能登の復興ボランティアに参加させていただき、穴水、珠洲、輪島で汗を流し、瓦礫で怪我もして血も流したが、あまりに遅い復興への足取りに、はっきり言って「見捨てられている」と思わざるを得なかった。
そして、年末には、家を無くされた佐賀関の方々に、自分が捻出できる範囲の義援金を届けた。
少しでもお役に立てば幸いだ。
急激な物価高もあって苦しんでおられる方、大変な状況で新年をお迎えになった方は数え切れない。
一人の力はほぼ無力に近く、あまりにも微力であること、そして、生きていくことは簡単ではないということを、「現場」に立って、これでもかと思い知らされる旧年だった。
本日、謹んで新年のご挨拶ができ、こうして新年の初ブログを書かせていただいている私などは、まったくもって幸せ者。
感謝を、今年もささやかでもいいから確かな形にしつつ、1日、1日を、一日一生の心持ちで過ごしたい。
画家人生は「笑顔絵師」というニッチから始めたい
さて 新年最初のブログは、私こと2026年1月1日をもって「笑顔絵師」としてデビューしたことについてである。
あ、もちろん「旅」は生涯やめない、正確に言えば運転免許返納の日までは続けるので(笑)。
私のブログを読んでいただいておられる方はすでにお分かりかもしれないが、何を隠そうハゲを隠そう、私は人一倍ナイーブで、つまり感性のアンテナの感度がビンビンで、いいように言えば、感度が高い。
それが吉と出ることもあるが、もちろん凶もある。度を超した感性が自分の心を傷つけ、ドツボにハマることは数え切れないほどあった。
ただ、それは私の個性、特性である。どうしようもない。
なので仕方なく、私は67年間、自分ならではの感性のアンテナを雨が降ろうが風が吹こうがいつもビンビンに立てっぱなしで生きてきた。
幸い、仕事にはそれが生かされた。
社会人1年目から65歳まで、飯を食うために続けた仕事は一貫して「人と会って話をお聞きする」ことが欠かせなかったからだ。経営者から従業員まで、毎日毎日、何人もの人と初対面、そこから話を聞いて、文章にしたり、広告にしたり、あるいはその方の天職を見つけたり、自伝をゴーストライトすることもあった。
そんな仕事を40年以上も続けたわけだから、一体どれほどたくさんの人にお会いしてきたことだろうか。
その結果、とんでもないことになってしまう。
人に会ってその人の「顔つき」を見ると、その人が「善人」であるか「悪人」であるかがわかるように。「善人」「悪人」というと胸がざわつく方もいらっしゃるので、「誠実」か「不誠実」かと言った方が角が立たないだろうが、まあ、そのぐらいは一目で見抜けるようになってしまったのだ。
これは考えれば考えるほど、本当にとんでもないことだ。
もちろん、その場で断じたり、本人に伝えるというような失礼なことはしたことがない。
しかし何年、何十年後かに、その人が歩んだ人生と答え合わせしてみると、初対面のときにわかったその二分類から外れたということはほぼないのだ。
この確かさには、自分でも怖くなる時がある(笑)。
私の感性のフィルターを通して、写真を超えたい
ここで「顔つき」という言葉を使ったが、これは、「顔かたち」とはまったく別のものである。
たとえば写真に写った顔と、それと同じ顔をしたとして、目の前でその実物を見ている人の心に映っている顔と写真とは大きく違うということでもある。
「顔つき」という概念を明文化すると次のようになるだろうか。
写真で把握できる「顔かたち」とは別に、その人の性格や考え方、教養、品性や器、さらには過去にやってきた行動の全て、生い立ちから生き様のすべてを表しているのが「顔つき」である、と。
「顔つき」というものを細かく識別するのは、人に備わっている「心に直結した感性」。人は、自らの感性のフィルターを通して、目の前の人の顔を認識するのである。
もちろん、写真に写る顔も無意味ではない。
正確には、写真が伝える「顔かたち」と「顔つき」の両方から、「人の顔」というものは作り上げられている、それが私の結論だ。
「生き様は必ず顔に出る」と言う人は、なにも私だけではない。
どんなに表面を繕っても、「顔つき」にはその人の内面が出てしまうものだと私が言うと、多くの人が首を大きく縦に振られる。
若い頃はあまりわからないが、50代、60代を過ぎたあたりからは、人の顔にはっきりと内面が表れてくる。内面が繰り返しその人に起こさせる行動、そしてそれを受けて繰り返される表情の膨大な蓄積が顔に刻まれていく、その結果である。
影響する内面は、大きく分ければ、“明”の人間性と“暗”の人間性。
前者は、誠実さや謙虚さ、思いやり、あたたかさ、やさしさ、おおらかさ等々。後者は、不誠実さ、不遜、偉そう、冷たさ、いじわる、狡猾さ、腹黒さ等々。これらは、「笑顔」を見せたところで隠せない。
“暗”の人間性を持つ人は、笑顔のときに目が笑っていないからすぐわかる。
目は心の窓と言われるが、心の底にある冷酷さや打算は、いくら笑って誤魔化そうとしても決して隠せないのだ。
逆に、誠実な人は、特別な笑顔を作らなくても目が優しく輝いている。
それは、正直に生きること、心を磨いてきた人生によってで放たれる目の輝きである。
笑顔だけでない、その人の人生も。その両方を描きたい
笑顔って、実にいいものだ。
人に近づきやすいだからだろう、笑顔を武器にする人が、たくさんいる。
皆さんにも、その笑顔に心を温かくしつつ長年お付き合いしておられる人もたくさんいらっしゃるだろうが、一見人当たりがよく見えたが信頼は長続きしなかったという人も、きっといらしゃったと思う。
違いは何か。
それは、前者の笑顔はその人の「中身」から自然に生まれたもので、後者の笑顔には「真実」がない。違いはそれだけである。
所詮作り笑いなんて、中身がないのだ。
第一印象が大事だからと作り笑いばかり続けているうちに、自分の「真実」から生まれる本当の笑顔を忘れ、やがて自分の心が空っぽになって、そして腹の中では別のことを考えているような人は特に、誰からも信頼されなくなる。そんな商売人、営業マンたちの顔は、笑っていてもとても悲しい。
心からの笑顔を持つ人は、日常の小さな事にもありがたいと思える心を持ち、その感謝の気持ちが表情ににじみ出ているから、笑顔を武器にしようとする人の作り笑いとの違いは、すぐわかる。
本物の笑顔は、日々の生活の中で感謝する習慣を持つことから自然と生まれるものだ。
その人が、感謝の言葉を日々口にする、あるいは心の中で思う、その積み重ねが顔に刻まれ、次第に周りの人を温める力を自然に持つような笑顔になっていくのであろう。
観相学の藤木相元氏は、「顔つき」、特に「笑顔」について、こう語っている。以下、「運のつくり方 開き方/PHP文庫」より引用させていただく。
「男性でも女性でも、人気のある人、周囲から協力を得やすい人は、ほとんど例外なく、いい笑顔の持ち主です。笑顔は運を呼び込みやすいのですが、これは、笑顔になることを「相好(そうごう)を崩す」ということからもわかります。」
「だれでも心から喜んで笑顔になると、目尻や眉が下がり、くちびるの形も変わります。つまり、顔の相が変わるわけですが、好(よ)い相、運のつきやすい相に変わるというわけです。相を好もしく崩すのが、笑いのほんとうの意味といってもいいでしょう。」
「ただ、同じ笑いでも、冷笑、嘲笑、含み笑い、艶笑などには“暗”がつきまといます。喉の奥が見えるくらい大きな口を開けて笑う、ほんとうの意味の笑いとはほど遠いものです。心の底から笑えない人は、“暗”に支配され、相が好もしく崩れないのです。冷笑、嘲笑、含み笑いなどはその典型ですし、女の人が男の人に媚びを売る場合の艶笑も、相手を自分の都合のいいように利用しようと思うから、そういった笑いになってしまうのです。」
笑顔絵で描く「月とスッポン」「明と暗」
前置きが長くなったが、ここで「笑顔絵師」の出番となる。
写真では、所謂イケメン、美女であることの優位は、そうではない人に対して揺るぐことはあまりない。しかし、笑顔絵では、容易に逆転できる。
私は、人の笑顔しか書かないし、それはただの笑顔ではない。写真が描写し得ない、その人の「顔つき」つまり「人生」を描く。私の感性のフィルターを通し、写真という機械技術の限界を超えて、その人の「ゴールデンスマイル」を描き出すのだ。
じゃないと、綺麗な写真が誰でも撮れるのに、わざわざ絵にする意味なんてないし。
ただし。
しかし。
人によっては、笑顔を書いても下のような程度にしか描けない人もいる。
私の感性のフィルターを通したこの人の笑顔は、こんなものでしかないからだ。

この人の名前は忘れたし、生きているのか死んだのかも知らないが、「顔かたち」は、所謂イケメンの部類だった。
私にはこの世のものとも思えない醜い顔にしか見えなかったが、「抜群にハンサムですよね」「やはり伝説の営業マンは我々とは全く違いますね」などと、彼に取り入ろうとする腰巾着人間たちにチヤホヤされ、もてはやされていた。
身長も180をゆうに超え、確かに仕事だけはできたこの人は、かつての私の上司、サラリーマン生活最後の上司だ。
しかし彼は、管理職という大切な立場を組織の中で担うことはおよそ相応しくない人間だった。
パワハラの権化のような人間であり、自分のストライクゾーンの女性従業員を片っ端からパクリ、パクリと、手籠にしたセクハラ大王でもあったからだ。同意の上でHを重ねた女性もいたようだが、上職であることをいいことにマウントポジションをとって、仕事を続けたければ俺に抱かれろとばかり関係を迫り、あるいは無理やり不同意性交を重ねたことが大問題となった。
彼の笑顔には特徴があった。
いくら笑いかけてきても、目が笑っていたことがない。
常に品定めをする目で人を見ている、そんな、お里がしれる下品でニヤニヤと笑う顔だった。
男性に対して、もちろん私に対していつも向けられていた目は「どうせ大して仕事できないやつだろう」といった蔑みの目。女性に対しては「こいつ、抱いたらどんな感じかな」と言う、下心に満ちた品定めの目である。いけそうな感触を得ると、下品な色の舌をぺろりとさせて。
私はそんな彼の部下になって、仕事を続ける気持ちが失せた。馬鹿馬鹿しくてできなくなった。
私の退職と時を同じくして、本社の中枢で取締役の座を伺いエリート出世街道をまっしぐらに進んでいた彼は、度重なるセクハラや悪行が会社の知るところとなって、たちまち飛ばされた。
繰り返しになるが、その人の生き様は顔に出る
かたや記事冒頭の絵は、今後「笑顔絵師」として人生を歩んでいく私の処女作である。

モデルの紹介のために再掲するが、この方もかつての私の上司。
私のサラリーマン生活、最初の上司である。この方に会って、私の今がある、恩人だ。
同じ人間、同じ上司であっても、先のセクハラ大王とは「中身」「真実」がまるで違う。
かたや、仕事を面白くやらせてくださり、仕事って面白い、もっともっと仕事がしたいという気にさせてくださった、我がサラリーマン生活最初の上司。
たとえば仕事の面白さを、まるで訳の分かってない新人に教える時、彼はこうだった。
私が営業同行させていただいた行き道、この人は、ずっと愚痴っていた。
本音で、この仕事のしんどいところ、会社のダメなところを、新人の私の前で愚痴るのだ。
「なんでこんな急坂を登らんとあかんねん、真夏にな、汗だくやで。やってられへんわな、誰かがヘタこきよって俺にこんなことさせやがってなあ、ホンマ、しんどいわ」と。
そして、顧客の前では爆笑のうちに見事に商談を決めて見せて。
帰り道では、また愚痴る。
しかし、帰り道での愚痴に、私はやられていた。
行き道愚痴っていた内容が、帰り道では、見事に裏返って楽しいに変わっていたのだ。いや、確かに帰り道も相変わらずずっと愚痴っている、ぼやいているのに、だ。
「仕事は楽しいよ」なんて、彼はベタなことは一言も言わない。
仕事のしんどさ、壁にぶち当たっている新人にそう言われたって、その楽しさは全くわからない。仕事はしんどいな〜と思っている人間からすれば、そんな言葉はナンセンス。そして実際、仕事はしんどい、理不尽なこともたくさんある。これは事実なのだから。
この人は、そんなことは百も承知なのだ。
だから、私がしんどいと思っていることを自分ごとで本音でぼやき続けてくれて、でも、それが本音で、楽しく愚痴ってくれるというか代弁してくださっているというか。
営業動向の帰り道では、仕事ってひょっとすると面白いんじゃないかな、という気持ちに私は変わっていた。もちろん、後で気がつくのだが。
なんてすごい人だ、めちゃくちゃ面白いし。そして何より、ペーペーの新人にも本音で喋ってくださって、この人は信頼できると。
素敵な人生が刻まれたゴールデンスマイルを描きたい
かたや、同じ会社で同じフロアでしかもすぐそばの席で同じ空気を吸うのも嫌で嫌で会社を辞めずにはおれなかったサラリーマン人生最後の上司の場合は、あまりに違いすぎた。
彼が私に言ったことのほとんどは忘れたが、部下であった私への最後の言葉だけははっきり覚えている。自慢じゃないが、入社以来、この男に出会う前までは同期でも最高レベルの査定評価を9年間にわたってコンスタントに戴き続けていた私が突然、査定ゼロでもおかしくないほど仕事をする気を失っていた。
彼はそんな私に、こう言ったのだ。
「俺の出世の邪魔をする気か?急にお前の査定を悪くしたら当然人事に伝わるよな、上司である俺のマネジメントが問われるわけ。仕方ないから極端に悪い査定はできん。つまり俺にとってお前は迷惑でしかないんだよ。」
なぜこいつはそうなったのか、などは考えない。あくまでも自分のことだけしか考えられない出来損ないの人間、とても可哀想な人間であった。
この両者の間には、同じ人間?でも雲泥の差がある。
月とスッポンとはこのことだ。
最初の上司には、時に月のような静かな輝きも拝見したが、いつも部下たちの前では太陽のように輝いていて、部下を大いに輝かせてくれた。
しかも博識で、話題はあれこれ尽きないからこの人の周りにはとにかく人が集まった。
そして、たちまちのうちに彼の周りには笑いが溢れ、誰もが寛げる、本当に楽しい場となる。
蔵野孝行さんはそんな人間だ。
そして、この人は、もちろん仕事もできるし、なによりリクルートの取締役にまでなった方である。マネジメントにこそ彼の真骨頂があった。
実は、このセクハラ大王が飛ばされた先でもなおセクハラのかぎりを尽くしていたのを見かね、彼を直接問い詰めて引導を渡した方でもあるのだ。
この人が、彼に引導を渡したからこそ、リクルートの多くの女性従業員は、さらなるセクハラ被害、圧力をかけての不同意性交の犯罪行為から救われたのだ。
リクルートを追われた後、転職先のアパレルメーカーでどれだけの罪を犯し続けたかまで私は知らない。普通なら、訴えられまくって、塀の中にいるのだろうが。
笑顔絵でこの二人の「顔つき」「人生」を描き分けるとこうなる、という実にわかりやすい例をご覧いただいた。絵は、二人ともがまだ若いころ、当時の私の目の奥に残る残像を、記憶に頼って描いた。
今後「笑顔絵」の依頼者がもしスッポンの方、つまりセクハラ大王のような人だったら、お会いしてもお断りすることになる。
そういう類の人からの依頼は最初からお受けできかねます、という意味で、ぜひ参考にしていただきたい。
「ゴールデンスマイル=笑顔絵」、お引き受けいたします
ということで。
私は、画家として歩む人生最終章を、まず「笑顔絵」という私ならではのジャンルから始めることにした。私の「笑顔絵」は、ワトソン紙に、染料、カラーインク、パステル、水彩、ガッシュ、色鉛筆を駆使して描く。
仕上がり寸法は横300mm✖️縦419mm。
特注オリジナル額装による仕上がりサイズは横400mm、縦520mm、厚さは17mm。
もし、「興味がある、私のゴールデンスマイルも描いてほしい」「この人の笑顔を絵にして」などと思っていただける方は、このブログのコメントでお知らせ願いたい。
ただ、ここまで書いてきたように、「写真を送るからそれを材料に描け」と言われてもそれは無理。打ち合わせで決めた日時場所にお伺いするので、一度は痛飲すること、話を聞きながら人となりを知ること、それがファーストステップ。てか、打ち合わせはそれだけ。下戸の方は、お茶でもコーヒーでもしばきながらお話しを聞かせていただくことで全然OKだ。
費用は、額装および紙、画材の実費が合計2万円。
この手の絵の価値は、依頼者にしか決められない。なので絵の値段は、依頼者の満足度、評価に委ねることに決めている。
ただ、車を飛ばして長躯お会いしに行くので、0円だけはウニいくらなんでもご勘弁を(笑)。
ちなみに、「絵の代金」からお会いしに行くための交通費などの「経費」を引いたお金は、年末に、自然災害被災者、年越し困難な人たちへの義援金、寄付金とさせていただくと決めている。
今日からは、ブログから飛べるface bookページ「AGE SHOOT GALLERY=https://www.facebook.com/profile.php?id=100092483397842」でも随時制作作品、納品済み作品の掲載および制作依頼の受付をしているので、そちらもぜひご贔屓に!
最後に一言。
あなたの人生をお聞かせいただき、あなたの「真実」が滲み出た「ゴールデンスマイル」を、私に描かせてください。
そして、その絵を、あなたのこれからの人生と、あなたの大切な人たちのそばに、永遠に。
「会いに来るなら、ついでにこの風景を描いてみろ、いい絵になったら買ってやってもいいぞ」という方は、その場所をご指定いただければ、ぜひ取り組んでみたいと存じます。
いずれ日本に未来永劫残したい風景を、命尽きるまで描き続けていく予定ですからw