
私がリクルートを辞めてから知り合って今がある、ということは後輩と呼んでいいのかどうか自体が心配なわけだが、まあ今も仲良くしていただいている愛すべき人に、阪本くん(写真左)と角井くん(同右)という人がいる。
彼らが中心になって、昨年の秋、「天職」というものを考えるプロジェクトが立ち上がった。
彼らは「天職ch.」というサイトを立ち上げ、多くの人が自らの天職を見つけ、幸せな人生を送っていくその歩みを支援したいのだと。
手放しに素晴らしい取り組みだと思ったが、彼らが運営するこの動画サイトに、ありがたいことに私が67歳にして画家という天職に辿り着いたその話を掲載してくださることになって、先日インタビューを受けさせていただいた。
恥ずかしながらインタビューをお引き受けしたのは、元々このテーマ「天職」に関しては、一家言あったからだ。
そこでこの際、私の体験、興味本位ではあるが研究してきたことの成果とともに、「天職」と称される概念に関する私の考えをまとめておくことにした。
下記の図は、天職に至る3つのパターンと9つのプロセスをチャート化したものである。
下記の文章を、これと照合しながらお読みいただくと分かりやすい。

ご本人が「天職」だと思えば、それが天職
最初に結論を言っておこう。
「天職」とは、その人が「これが私の天職だ」と思えば、それが天職である。
天職の定義など、人それぞれ、それでいい。それが、結論だ。
誰もが、「幸せ(well-being)になるため」、よりよく生きたい、そのために働いているのに違いないわけで。
私はこれをWELL Workと呼んでいるが、これを働く目的意識の①としよう。この①WELL Workがどんな職業、仕事であれ、それイコール天職と思える人は、それで充分幸せだと思う。
ところが、そうでない人も多いのが現実、社会の厳しいところ。
圧倒的多数の人は、自らの仕事が①WELL Workでありたいと願ってはいるものの、現在の仕事に何らかの物足りなさや不満を感じ、完全には満足してはいないようだ。
「私の天職ってなんだろう、全然わからない」
「私はいつまで経っても天職に辿り着けない」
「私の人生に天職というものはあるのだろうか」
等々、悩んでいる人が多いこともまた事実である。
もちろん天職などというものについて考えたこともないし、理屈っぽいことは嫌いだし、だいたい関心がないという方もいらっしゃるだろう。
これからお話しする私の体験、研究成果とエビデンス、そして私の考えは、そうした方にとっては意味がないだろう。
しかし、天職というものが気になっていて、しかし何が自分の天職なのかわからない、そして、天職というものを見つけたいと思っている。そうした方にはひょっとすると大いに役立つかもしれない。
今からお話しすることが、少しでも参考になれば幸いだ。
「天職」に至るプロセスの3分類
天職に至るプロセスは、大きくは3つある。
そのプロセスによって、「天職」の定義も変わってくると思われる。
たとえば天職を文字通り「天から与えられた職」と定義するならば、おそらくその人が生まれてきた意味とより強く結びつく。
そうした意味での天職というのは、下記のAかBのいずれかの場合である。
A:いわゆる物心つく頃から本人が意識する場合
天職に至るプロセスのまず一つ目は、天から与えられた、いわゆる天賦の才に本人が気づき、尚且つ本人が強くその道を進むことを志した場合に、それがそのまま天職として決まってしまうという最短のプロセスだ。
こうした「天職」ケースを生む土台は、⑤DREAM Workにある。
DREAM Workというのは、9つまでの、いわゆる「つ」のつく年代にはおよそ誰もが夢に描くであろう淡い思い、憧れの職業概念だ。時代によって憧れの職業やありたい姿は変われども、おそらく誰もが自分の将来の姿を夢見た経験はあるだろう。
そんな頃から描く純粋な夢を実現させてしまう要素としては、まず類稀なる才能、決して挫けることのない強固な意志、その意志に裏付けられたとんでもない努力というものがあるだろう。そしてやはり、それに加えて恵まれた環境や運にも恵まれなければ、なかなかほとんどの子どもが、「つ」のつく年頃に描いたありたい姿までは到達できないのが普通である。
野球選手で言えばイチロー選手や大谷翔平選手が、子どもの頃からの夢を実現したプロセスは有名だが、野球に限らず若くして20歳代に全盛期を迎えるスポーツ選手にはかなり多く見られる。
相撲界、ボクシング界のともにモンスター、大の里、井上尚弥などもそうだ。サッカーは日本も相当強くなって、世界のトップリーグで活躍する選手も増えたが、彼らをはじめ、J-リーグの選手たちはほぼみんなそうである。
ただ、ゴルフなど練習するのにも金がかかる競技も多く、フィギュアスケートの選手などは家庭の裕福さや家族の支援がない選手の成功例はほぼない。
オリンピックチャンピオンの荒川静香さんの家庭が中流家庭であったことがかつてずいぶん話題になったが、それでも平均的なサラリーマン家庭でフィギアスケートのオリンピック金メダル選手を育てるなど無理な話である。
スポーツ以外でも、バイオリニストやピアニスト、指揮者、声楽家などは楽器やレッスンにかかる費用面も含め、家族ぐるみの支援なくして、子どもの頃からの夢を天職にまで昇華させて「DREAM comes true」できる人は、ごく一握りなのである。
B:親および代々の家業、血筋職を継ぐ場合
二つ目は、歌舞伎の世界が典型的。
生まれながらにして職業が天職として決められている場合である。
映画「国宝」で描かれた世界観も良かったが、私は映画「ゴッドファーザー」の理不尽な世界に、生まれながらにして人生のレールを敷かれてしまっているという、そして、抜け出せないというシリーズ三部作を毎正月繰り返し40回ほどは観てきたが。この理不尽は、観るたびに深く深く考えさせられる。
歌舞伎にしたって、みんながみんな、自分の人生が最初から決まっていることを受け容れるだろうか。
映画「国宝」では、血筋か才能かをテーマに、歌舞伎の世界の奥深くに触れようとしていたが、おそらく歌舞伎の道を強いられてきた人たちの中には、完全に納得できない人もいるのだろうと、勝手に推測する次第だ。
しかし、生まれながらに職業が決まるというプロセスは、歌舞伎やシチリアのマフィアは極端な例だが、いわゆる家業、「ファミリーワーク」を進んで継ぐ、あるいはそこから抜け出せない、あるいは流れに身を任せたままなんとなく継いでしまう例まで入れれば、日本の現実社会にそうした例は実にたくさんある。
引き継ぐことを望まれるような家業がある環境に生まれた人が、そのまま家業を継ぐケースを、家族みんなで選択した道という意味で、私はこれを④FAMILY Lives Workと位置付けている。
C:の茨道を歩く中で最終的に行き着いた職業を天職と意識するに至る場合
そして3つめCの「到達パターン」こそ、より多くの人たちに当てはまるものである。
Bのパターンは結構多いが、Aのように自分が天命を授かって生まれてきたと、幼い頃に自覚する、そんな子どもはいないとは言わないが、かなり稀であろう。
多くの人は、自分の人生の意味を自分に問い続けて生き、天から与えられた寿命というものを意識するようになって、自分の人生の意味や天職というものを自覚するに至る、それが早いか遅いかの違いはあれど、大きく括ればCのプロセスで天職に行き着くのではないだろうか。
Aのプロセスも、Bのプロセスも、「天職」に至ることには違いはないのでこれらも広義には「天職」に間違いないが、狭義にはこのCの到達パターンをそのまま「天職」の概念と理解して、私はこれを②LIFE Work=天職と位置付けている。
人がなんらかの職業に就いて働くことの意味
では次に、「天職」を②LIFE Workとして、誰もが行きついてはならない対立概念のことに少し触れておく。
それは、「地職=③OUT Work」だ。
OUT Workとは、そもそも職業と言えるような代物ではないし、そんな日本語も英語もないわけだが、トクリュウであろうが古典的詐欺であろうが、「詐欺野郎」や半グレを含めた「反社」などが、それにあたる。
高級住宅地などに住んだ経験しかないおぼっちゃまお嬢ちゃま、特に中学から私学に進んだ人などには経験のないことだろうが、そうではない地域で育つと、小学校と中学校は、いわば「社会の縮図」を学ぶ機会となる。
つまり同学年での何人かはヤクザな道に進み、極端な貧困、あまりに理不尽な家庭環境から社会を恨んでOUT Workへと迷い込んで抜け出せなくなった同級生を知ることになるのだ。
まあ、いずれにしてもこれは誰もがわかる「論外」。
なので、不要と思われる解説は時間の無駄だろう。これ以上の言及はやめておく。
では逆に、裕福であれば万事良しかというと、それは違う。
裕福な家庭で、可愛い子には旅をさせよということの意味すらわからず、あるいは子育てというのはイコール子を自立させるということであることさえわからずに、ペットのように猫可愛がりを続け、幾つになっても蝶よ花よと大いに甘やかし、子どもの言いなりに成り下がるような親は自らはモンペ(モンスターペアレント)となったり、そんな家庭環境からはモラトリアムやパラサイトといった悲劇が多発していることは、皆さんご存知の通りである。
「あけおめ退職」という最近の傾向をご存知だろうか。
比較的長くなった年末年始休暇の間に、「なんか違うな」という気持ちを退職の方向にがっちり固めて、年明け早々に退職を申し出る人が増えているということだ。
最新の調査によると、この「あけおめ退職」を考えたことがある人が3割以上、正月明けに出社したら周りに「あけおめ退職」を申し出た人がいたという人が3割近くいるというから、会社にとってはシャレにならない、というか、もうたまったものではないだろう。
「天職」への道のりには「転職」はつきものとは思うが、こうした傾向は、自分中心で生きていけることに慣れてしまった、比較的恵まれた環境に育った人間に多いということだ。
昭和の人間としては、年末年始明けに突然という安易さと、雇用する側の都合など考えない、考える必要もないという人が増えていることに、改めて驚く。
さて 私は、人がなんらかの職業に就いて働く目的や意識によって、下記の6つを「天職への過渡期」と位置付けている。
厳密に言うとあと4つの細分類があるが、天職に至るまでのプロセスに重要なものはこの6つであるので、さらなる細分化は別の機会にさせていただくことにして。
「天職への過渡期」にある働く、人の「ありよう」とは、以下の6種である。
⑥RICE Work=「飯を食うために働く」。生きるために働かざるを得ないという段階、状況。
⑦LIKE Work=「好きなことを仕事にしたいからこの仕事を選んだ」という動機と意識。
⑧WEALTH Work=「金が大好き、手段選ばず富が欲しい」。「金持ちになることが目的化。
⑨MENTSU Work=「人に負けたくない。周りに自分を認めさせたい。名声が欲しい。メンツが潰れるなど許せない」。
⑩AISU Work=「愛しい我が子、伴侶、家族のために。愛する人のためにエンヤコーラ」というモチベーション。
ⅺ NICE Work=顧客にも世の中にも「ナイス」でありたい。「世の中に貢献したい」と心から思う、そんな仕事の境地。
ああ、私は今ここにいるのかな、ということがわかることもいいと思うので、チャートを再掲してそれぞれを少し詳しく解説してみよう。

⑥RICE Workとは、文字通り飯を食うために働く。生きるために、「メシ=RICE」を食って行くために働く、大半の人が通過する段階。多くの人にとって、仕事のファーストステップとも言える。
⑥のRICE Workと、①のWELL Workとだけは、皆さん誰もが意識したことがおありだろう。
好きなことを仕事にする幸せと、危険と
好きなことを仕事にしたかった。「好き」だから、これからも続けたい。
そんな動機でRICE Workを選ぶ人が少なからずいて、そういう人の仕事を私は⑦LIKE Workと位置付けている。
好きなことを仕事にするって、それはさぞ幸せだろうと思われるかもしれないが、実は好きなことを仕事にした本人が、幸せを感じるのはそう簡単なことではない。
まず、このLIKE Workには落とし穴がある。
色々な落とし穴があるが、一つだけ、典型的な落とし穴を「人が好きだからと職業を選ぶ人」の場合の「あるある」として指摘しておこう。
人が好きだから、という理由で、“人と関わる仕事”に就こうとする人がいる。
彼ら彼女らは志望動機を問われると判で押したように「人と接するのが好きだから」と答える。しかし、志望時点において、これから彼ら彼女らが就く接客業の多くは、実は「感情労働」であることをまだ知らない。
感情労働とは、業務をする中で、自分の感情のコントロールが必要な職業のこと。人と接する仕事の多くは、苛酷とも言える自己の感情コントロールを必須とするのだ。
下の三重丸の図には、それぞれの輪にA、B、Cと書いてある。真ん中のAは、「自分の大切な人・重要な人」。Bは「自分が接しないといけない人」。いちばん外側のCは、「その他大勢」。もちろんAよりB、BよりCの人数が多い。と言うより、「人と接する仕事」に就いた場合、日々接する人は、Cの「その他大勢(客)」が圧倒的多数である。
人間の精神力のキャパシティーは限られている。精神的に疲弊してしまう人は、BやCの人にまで、Aの精神力を使ってしまいがち。そんなことをしてたら、生身の人間の心身が持つわけないのである。

若いうち、たとえば高校生活の中で感じる「人と接するのが好き」な感覚は、ほぼAの相手だけを相手にした時の感覚に近いのだろう。Bの、親友以外のクラスメートや嫌いな生徒、先生とですら接するのが苦痛なことは多い、それで普通だと思う。しかし、接客業の多くは、Cの大多数の人にまで精神力を使わないといけないのだ。
学校を卒業し、4月1日に社会人になる。
入社式、新人研修、OJT…。ここでやっと気づくのだ。学校とのあまりに大きな違いに。
会社では「嫌な人との交渉」こそが仕事なのだと。「嫌な先輩・上司・社長」「嫌な客」「嫌な患者」「嫌な同僚」「嫌な保護者」、心ない人のいかに多いことか…。
自分を愛してくれる「いい人の世界」から、利害がぶつかる「社会人の世界」へ。そのとき、「人と接するのが好き」という気持ちが持てなくなっても、決して不自然ではないのだ。
子どもの頃のトラウマをエネルギーに変える人たち
私が⑧WEALTH Workと位置付ける仕事ぶりは、金が大好き、手段選ばず富が欲しい。「金持ち」になることがゴール、そんな人たちのあるあるパターンだ。
皆さんの周りに、とにかくお金儲けが大好きな人というのは、結構いらっしゃるのではないだろうか。その中には、手段を選ばない、なりふり構わずという人もたくさんいる。
今や日本は裕福な国とは決して言えないようになっており、多くの子どもたちが貧困家庭に育っていることはご存知のことと思う。
「金持ち」になることがゴール彼らの共通項は、実は幼い頃の「貧困」に遡る。
幼い頃に「貧乏」の苦しみを知らず、私のように、裕福ではなくても普通の公務員家庭で生存の危険を感じずにのんびりと育った人には、あまりWEALTH Workへの強い動機は生まれないし、また大人になってからは本人自体がいったん金に相当困らない限り形成されないものだ。
ある程度裕福な家庭環境では、働くことに対する動機づけは貧困からの脱出を志す子どもたちに比べてひ弱く、自立心に欠けがちで、「自分探し」の時間が長くかかったり、モラトリアム期間が長くなったり、最悪なケースではパラサイトになったりするわけである…。
ちなみに私がいたリクルートの場合、ハングリー、金が大好き、手段選ばず富が欲しいといった種類の人たちは非常に多かった。他社に比べて初任給が非常に高く、競争に勝ち残れば下剋上で早期出世が可能な人事制度が、そういう人を集めることにつながっていたと思われる。
一方、守銭奴とは思わないが、とにかく人に負けたくない。自分を認めさせたい、名声、「メンツ」こそすべて。そんな人も、みなさん何人か、すぐに目に浮かぶのではないだろうか。
私は、こういう人たちのありようを私は⑨MENTSU Workと位置付けている。
こういう人はかなり多いのだが、彼らにもまた、幼い頃の共通体験が見出せる。
それは、親から承認されなかったという過酷な体験だ。親から愛されなかったという人も。
そんな彼らは、ほぼ間違いなく、「承認されること」を求めて彷徨う「承認欲求お化け」になる。
「承認欲求お化け」たちは、組織の中で自分の欲求通り認められればいいのだが、そうはうまくいかない。
認められなければ、彼らの最後の手段は独立起業である。
もちろん、実力のある起業家なら何の問題もないし、起業する分野における自分の先進性があればやっていけるだろう。事業を起こす、いわゆる起業家の中にはちゃんと本物もいるし、成功するべくして成功する人もいるが、私の知人のエビデンスを分析すればそれは一握りだ。
社長、企業トップという立場にこだわって、ろくでもない事業、レッドオーシャンに負けん気だけで会社を立ち上げて失敗する人の方が、圧倒的に多い。
これは非常にはっきりした傾向なので、「承認欲求お化け」の幼少時の不遇が容易に浮き彫りになる。
WEALTH WorkとMENTSU Workに共通するのは、幼い頃に満たされなかったトラウマが、強烈なエネルギーへと変換されていることだ。彼らは生涯、死ぬまで、富や承認を求め続ける、それが大きな特徴である。彼らは、富を求めるため、己の承認欲求を満たすためだけに、並の人間では理解不能な猛烈なエネルギーを発揮するのである。
しかし、金持ちが決して幸せでない、地位や名誉を得ても決して幸せでない。
皆さんはそんな人を多く知っているだろう。
それは、富や地位が人生の目的化してしまったことの、必然である。
もっと、もっと。富も名声も。それは、ゴールのない無限ループ。
彼らが幸福感に満たされるためには、過去の不幸を完全に受け入れ、そこから解き放たれることが必要だ。心理学的には、幼少時のトラウマから解放されない限り、真の幸福感は厳密には生涯味わえないのである。
AISU Workは涙ぐましく、NICE Workは美しくて素晴らしい
結婚して家庭ができ、愛しい我が子、伴侶、家族のために。
「愛する」人のためにエンヤコーラとばかり懸命に働く人は、美しい。
私はこの人たちのモチベーションを、⑩AISU Workと位置付けている。
しかし結局は、自分が食っていくためのRICE Workと本質的に同じである。
家族を路頭に迷わせないために必死で生活費を追いかけるだけで一生を終わる、そんな人も多い。その人がそれでよしとするなら、人として、それで十分ではあるが。
ただ、RICE WorkとAISU Workは、働く人中心の、天動説。
極端に言えば、自分だけ、家族だけが良ければそれでいいというレベルに過ぎない。
本来、仕事とは地動説であるべきで、その中で一緒に動いている惑星に悪影響を齎すことなく、全体最適を保ち続けるべきなのだが、この領域まで達する人は、実際にはなかなかいない。
ポイントは「win-win」、そして「社会貢献」。この二つだけなのだが。
ところで、この「win-win」と「社会貢献」という言葉は、どの企業も、どの仕事でも、猫も杓子もが口にする言葉だ。
しかし口ではそう言っているだけで、やっていることは全く真逆、そんな会社、人が、実は圧倒的多数である。
そのことは、簡単にわかる。
民放ラジオを一日だけつけっぱなしにして聴いていればそれでいい。
ラジオCMが流れてくるが、まともな会社のものは、そのうち2割ぐらいではないだろうか。
ラジオショッピングの典型パターンの悪質さは、ユーザーの声の悪用にある。「あくまで個人の感想です」という逃げ道を作っておいて、あとはやりたい放題。特に酷いのは、健康に悩みを持つ人を餌食にする商品を売らんとするメーカー各社だ。
比較的信頼されているメーカーですらそうだ。コンドロイチンやコラーゲン、あんなもの飲んだって、膝には行き渡らず消化され、痛みにはなんの効果もないことは医学的に正しい。
にもかかわらず悩みが改善、解決したという人の声を、ほぼでっち上げだろうが「感謝の手紙」という形で大袈裟に紹介したあと、「気になるのはお値段ですが」と、パーソナリティーに言わせ、「通常価格は〇〇円ですが」と、そんな値段では売っていないあり得ない上代を知らせた後で、「このラジオをお聞きになった方に特別に!」と、半額以下の値段を提示し、しかも「放送終了後○分以内の先着順」を迫る、ほぼそのパターンだ。
この、お決まりのパターンが、どこの局でも朝から晩まで垂れ流されているから、一日ラジオを聞けばもうお腹いっぱい、二日目には吐き気がするだろう。
ラジオというオールドメディアの極致が生き残るには、詐欺まがいの多くの会社からのCM収入をかき集めるしかない、その実情も、1日ラジオを聴いていればわかってしまう。
ちなみにTVだって、失われた30年の間、サラ金のCMばかりだった時期も長くあったことを覚えている方も多いだろう。
そういう意味で、顧客にも世の中にも「ナイス」でありたい、貢献したいと、心から願ってwin-winに徹し、実際に社会貢献しているるような仕事を私はⅺ NICE Workと位置付けているが、これはRICE Work、AISU Workとはまったく異なる次元にあって、グッと少数派になる。
次元の違いとは、具体的には「利他」の有無である。
この境地に達する仕事をここまで来ればそれだけで、もう、それは天職と言っていいのではないだろうか。また、この域まで達した人が社長になって会社を引っ張れば、その会社はゴーイングコンサーンが不可能ではなくなるかもしれない。
67歳でやっと辿り着いた「画家」という天職
え?で、お前はどうなんだって?
私は、3つの到達パターンで言えば、一つ目Aと、三つ目Cのその中間。
というか、どちらの要素もが、確かにあった。
小学校の美術教師・小倉先生は、私の両親に「この子の絵の才能はすごい、天才的です」と言っていたらしい。中学校の美術教師・大隈先生はとても怖い先生で、卒業間際に美術室に呼び出された時は殴られることを覚悟したが、「君は、美術、造形の方面に進みなさい。その才能を生かすべきだ」と、他に誰もいない教室で、私に静かに伝えてくれた。
中学時代にジミヘンとジョンレノンを知り、高校時代にロックバンドに狂って、あまり才能のない音楽の道に迷い込んだ私は、2年の余分なモラトリアム期間を経て京都市立芸術大学に入ったが、その目的は、デザインを学んで企業に就職することだった。
高校の美術教師・柴原先生は、私が母校の明石高校に教育実習に行った際、「明石高校に美術専門課程ができる。お前、その最初の指導者にならんか?」と、熱心に誘っていただいた。
この「高校美術教師」という選択肢は、実に魅力的だった。
もちろん、絵の指導だけしていればいいというものではないだろう、生活指導や進路指導など、先生の仕事が多岐にわたることぐらいは知っている。
しかし、美術教師には、母校明石高校の場合、広い美術教官室があった。そこは、まさに贅沢に広いアトリエのようなもの。他の学校の美術教師も、多くはこの教官用アトリエで、授業などに費やす時間以外を自分の作品作りをしている人をたくさん知ってもいた。
もし、この選択肢に飛びついていたら、私は23歳の段階で「天職」に手をかけていたことになる。
しかし私は何を血迷ったか、リクルートに就職する。
自分の意思で、23歳で手にしようと思えばできた天職到達を、手放したのだ。
リクルートの中ではクリエイティブセンスを活かす仕事には就いたものの、「絵を描くこと」とは無縁となり、以降43年間、⑥RICE Workから始まって、家族を持ってからは⑩AISU Workへと移行し、ひたすらこれらに追われる続ける人生となった。
そして、下の子の社会での自立と両親介護を迫られた65歳で、メシを食うために、家族を路頭に迷わせないために長くやっていた経営コンサルタントというRICE Work、AISU Workから解放されて引退。
リモートワークでこなせる文筆業と、音楽イベントサポートに仕事を変えて、最低限の収入を確保しつつ、ついに67歳で絵を描くことをメインの仕事にする、つまり「天職に就く」に至ったのである。
拙い自己開示を含め、ここまで、「天職への道」についてあれこれ述べてきた。
結果的には、⑨NICE Workに達した人と、⑤LIKE Workを続けることができた人とに、それを天職だと思える時が比較的早く訪れる確率が高いことは、私の集めたエビデンスで明らかである。
もちろん、最初に結論を述べたように、どの段階で、「これが私の天職だ」と思ったとしても、そんなものはその人の自由である。
ただ、私が67年という途方もない歳月をかけて彷徨ったように。
自分に向き合って、心の底から一点の曇りなく「これが私の天職だ」と。
本心からそう思えることって、そんなに簡単でもない。