減税求めた庶民28人うち子ども10人を磔にして処刑した松本の悪政。道の駅「女神の里たてしな」から(トイレ○仮眠○休憩△景観○食事○設備○立地○)
多田(中萱)加助という人物をご存知だろうか? 水野忠直が松本藩主を務めていた頃の、地元の庄屋である。 貞享元年(1684)、凶作が続いて、農民の生活は困窮をきわめていた。 農民の悲願を受けた庄屋の加助は年貢の軽減を長尾組の組手代に申し出るが受け入れられず、松本藩に直接陳情した。この行動を問題視された加助は、庄屋の身分を取り上げられた。 その2年後の貞享3年(1686)、今度は凶作の上に疫病が同時に […]