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広島県

道の駅「よがんす白竜」から、椋梨ダム55年ぶりの常時満水位を見物(トイレ○仮眠○休憩◎景観○食事◎設備○立地○)

「椋梨ダム」は、山陽自動車道の河内ICから国道432号線を北に20km弱、 もしくは山陽自動車道の三原久井ICから国道486号線→国道432号線を北西にこれも20km弱走って到着する、 広島県南部の旧大和町(現三原市大和町)に昭和44年に完成した多目的ダムで、「白竜湖」はこのダムによって出来た湖です。 椋梨ダムでは現在、水力発電設備の試験運転のため、一時的に貯水位が「常時満水位」と呼ばれる最高水位 […]

道の駅「豊平どんぐり村」のトップシーズンは、やはり秋(トイレ○仮眠○休憩◎景観○食事○設備○立地○)

私もかつてそうでしたが、落ちているどんぐりを見つけては、その木を無邪気に「ドングリの木だ」などと言っていました。しかし「ドングリ」とは、実の形状を表しているに過ぎず ドングリという名前の木はありません。 たとえば、これは「コナラ」の木です。 ドングリがなるのはブナ科の樹木で、ブナ科はさらにブナ属、コナラ属、シイノキ属、マテバシイ属、クリ属に分かれます。落葉樹だろうと決めつけていましたが、常緑樹もあ […]

「郡山合戦」と「郡山城」を道の駅「北の関宿安芸高田」から高みの見物!(トイレ○仮眠○休憩◎景観○食事◎設備○立地○) 

尼子晴久が三万の大軍を率いて吉田郡山に侵攻してきたのは、天文九年(1540)のことです。最初、尼子軍は「風越山」というところに本陣を置きました。風越山は郡山城からやや遠い上、標高も555メートルと高く、大軍の収容には向かないところでした。ここを本拠に郡山攻撃をするつもりというよりは、ここは単なる「着陣地」。「後方兵站基地」のような役割と多少の「防御機能」を整えるためだったようです。 尼子軍はほどな […]

「毛利元就」の「謀略に明け暮れた処世術」について、道の駅「三矢の里あきたかた」で考える(トイレ◎仮眠△休憩○景観○食事○設備◎立地○) 

サッカーJ-1サンフレッチェ広島は、1992年4月24日に広島市をホームタウンとして誕生したプロサッカーチームで、言わずと知れたJリーグ創設期からの「オリジナル10」のひとつ、名門中の名門です。今シーズンも非常に強く、最終節で惜しくも優勝は逃したものの、J−1最多得点の攻撃力は本当に素晴らしいものでした。 私は、幼少期の数年、広島県(福山市)で育ったということから、このチームのファンであってもおか […]

「三段峡」へ。道の駅「来夢とごうち」から(トイレ○仮眠△休憩○景観◎食事○設備△立地○)

「三段峡」とは、広島県の北西部に位置する安芸太田町を流れる柴木川の上流にあり、1953年(昭和28年)には国の特別名勝に指定された由緒ある峡谷です。全長16kmにもおよび峡内には、100mもある絶壁に囲まれた「黒淵」や、切り立った断崖の上を猿が飛び交ったことに由来する「猿飛」など数多くの名所が存在します(写真は猿飛に向かう道中の絶壁)。 また、三段峡には非常に多くの植生物が生息しているので、危険な […]

「鞆の浦」へ。最寄りの道の駅は「アリストぬまくま」(トイレ◎仮眠○休憩◎景観○食事◎設備◎立地○) 

我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき 鞆の浦の磯のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも 海人小舟帆かも張れると見るまでに鞆の浦廻に波立てり見ゆ ま辛くてまたかへり見む大夫の手に巻き持てる鞆の浦廻を 万葉集には、なんと鞆の浦(とものうら)を詠んだ歌が4首も詠まれています。いずれも旅の途中で詠まれた歌ですが、すでに730年の万葉集に詠まれていることからもこの港町の長い歴史が伺えま […]