羽柴秀吉が「鳥取城攻め」の際に陣を張った「お城山」、そこにできた模擬天守へ。道の駅「清流茶屋かわはら」から(トイレ○仮眠✖️休憩○景観○食事△設備○立地◎)

南北朝時代以降、因幡地方(現在の鳥取県東部)は山名時氏の支配下にあった。

戦国時代になると子孫・山名豊国が守護となり、その重臣・武田高信 が大振袖山城(おおふりそでやまじょう)を護ったが、その出城砦が「お城山」にあった丸山城だった。
織田信長に中国攻めを命じられた羽柴秀吉が、天正8年(1580)に因幡の国を攻略しようと「鳥取城攻め」をした際、この「お城山」に陣を張って鳥取城に出陣したと伝えられる。

冒頭写真の河原城(別名 若鮎城)は、もちろん当時のものではない。
この「お城山」に平成6年に建築された「模擬天守」である。

すぐ近くの道の駅「清流茶屋かわはら」からこのようによく見えるし、後で行ってみたのだが、4階建ての施設内は各階ごとにテーマが決められ、河原町の歴史や伝説、自然、人物、産業や文化などについて学べるようになっていた。

最上階はテラス展望台になっていて、そこからは河原町をはじめ鳥取砂丘や中国山地の山並みをぐるりと360°展望することができ、もちろん秀吉が攻めようとした鳥取城もよく見える。彼がここに陣取った理由がよくわかった。

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陣を構えるに絶好の立地

「因伯古城跡図志」には、文政元年(1818)の調査として、「お城山」山上は三段に切り成らされ、上段が20間(36.4㎡)、中段が40間(72.4㎡)、下段が60間 (109.2㎡) の陣跡が確認されていると記されている。また、お城山の展望台の建設に先立っては平成3年10月から約8カ月をかけて全面発掘調査が行われ、堀切、柱穴、廓など多くの遺構が発見され、中世山城の跡だったことが確認されている。

確かに「お城山」頂上からは遥か遠くに鳥取城のある久松山をも遠望できる。

武田高信にしろ羽柴秀吉にしろ、彼らにとってここが陣を置くにきわめて適した場所であったことは間違いない。

「お山城」ゆかりの因幡武田氏とは

「お山城」ゆかりの因幡武田氏、とりわけ武田高信は、山陰の戦国武将を代表する一人であったと言われる。

因幡武田氏は、若狭守護大名・若狭武田の庶流で、因幡山名氏の客将だった。

山名氏は時氏の時代には因幡だけでなく、伯耆、丹波、丹後、美作の守護職として各地を支配したが、子の山名豊治には嫡子がなく、豊治が死ぬと後任の守護職をめぐって一族の内乱が起こり、因幡山名氏と但馬山名氏の武力衝突へと発展した。

因幡山名氏の当主・久通は、本拠地である天神山城の守りを固めるために久松山に後の鳥取城となる城を築いたものの、整備の行き届かない新城は但馬勢の侵略に耐えるとは思えず重臣の多くは城番に就こうとしなかった。

そんな中、鵯尾城(ひよどりおじょう)の城主・武田国信が志願して城番となり、鳥取城の大改築を行って、因幡山名氏から厚い信頼をおかれることとなった。

しかし、天文17年(1548)に上口の戦いで久通は討ち死にし、結局但馬山名氏が因幡の守護代におさまったのである。

武田高信の下剋上と謎の死

その後、父・武田国信の跡を継いで鳥取城の城番となった高信は、徳吉・秋里ら国人を味方につけ、二上城の三上兵庫頭とも通じて因幡に勢力を拡大。安芸の毛利氏とも手を結んで旧守護・山名久通の遺児・豊成を毒殺。湯所口の戦いで山名氏重臣・中村伊豆守を打ち取ったあと、ついに因幡守護・山名豊数を天神山城から追うことに成功。山名豊弘を擁立して、因幡国を実質的に支配するまでになる。

しかし、高信は尼子勝久に大敗を喫し、鳥取城を守護・山名豊国に明け渡して鵯尾城に退いた。

すると尼子と組んで高信を退けた守護・山名豊国は、今度は尼子から離れ毛利と和議を結び、高信は鵯尾城をも追われてしまう。

高信は毛利へ助命嘆願をするが見放され、山名豊国の謀略をもって、天正4年(1576)彼が出城砦としていた「お城山」近く、河原町佐貫の大義寺で謎の死を遂げたのであった。

鳥取自動車道のPAを兼ねる道の駅

道の駅「清流茶屋かわはら」から、「お山城」へは、国道53号線を1kmほど走れば着く。

国道53号線は、瀬戸内海側の岡山市から日本海側の鳥取市まで中国地方を南北に縦断する道だが、その国道53号線の終点が近づく、鳥取県北東部の旧河原町(現鳥取市河原町)に、道の駅と河原城はある。 道の駅は鳥取自動車道(無料区間)の河原ICのすぐ近くでもあり、鳥取自動車道のPA的役割も果たしている。

駐車場は、かなり混雑している。

駐車可能台数は86台とそこそこの広さがあるのだが、 高速道路PAを兼ねるにしてはいかにもキャパ不足なのだろう。ただ、トイレ休憩だけの利用者も多いので、もし満車であっても駐車場が空くのを待つ時間はさほどかからないとは思う。

そのトイレはもちろん利用者も多いが、定期的な清掃が行き届いているようだ。ありがたい。

休憩環境としても十分なものがある。

鳥取県の特産品を揃える物産館

高速道路のPAを兼ねる道の駅は「県内の特産品を広く扱っている」が、この道の駅もその典型だ。

鳥取を代表する土産品「因幡の白うさぎ」「二十世紀梨ゼリー」「下風呂敷」「鬼太郎まんじゅう」「牛骨ラーメン」「鳥取砂丘砂コーヒー」はじめ、鳥取県の特産品はなんでもあると思っていいだろう。

その反面、この地域すなわち旧河原町ならではの商品は、それに押される形で少なめである。

「食」の施設は3つ

道の駅の「食」の施設としては、お好み焼き&鉄板焼きの店「久遠」、テイクアウトショップ「Bellfull」、喫茶店「すなば珈琲」の3つがある。

私はテイクアウトショップ「Bellfull」で、鳥取弁で「大きい、すごい」を意味する「がいな」が商品名に入った「大山がいなバーガー」をテイクアウト。他にも「たこ焼き」「あご天焼き」「パイ焼き」がよく売れているようだった。

焼きたてのパンがウリの「清流パン工房」もあって、地元の人に一定の人気があるようだった。また、先を急ぐ旅行者がここを利用することも多そうだった。

地元客のニーズに応える農作物直売所

西瓜にしてもカボチャにしても椎茸にしても、とにかく大きい。私の気のせいだろうか。
色々な野菜や果物が販売されているのだが、そのサイズが大きいことが気になって仕方がなかった。

また、花の種類の多さにもびっくり。
地元客もきっとかなり多いのだと思った。