
北海道を車で旅していると、いろいろな野生動物が道路に飛び出してくる。
国交省によると、2022年度に直轄国道で発生したロードキルは約7万件。
道路脇のフェンスや動物の移動用足場などを設置してきたが、事故件数は横ばいが続いている。
ロードキルとは道路上における野生動物の交通事故のことだが、自然豊かな北海道では、道東、道北、日高地方を中心に多発し、問題になっている。
私もこれまで何度ヒヤリとしたことか。
それでも、ことごとく接触を回避し、そのままじっとしている動物もいるので、その場合はカメラでパシャリと「記念撮影」を続けてきた。
地元のドライバーに聞くと「飛び出してきたら避けられない」という人が多いが、飛び出してきても彼らを傷つけない方法は、私はあると思っている。
ロードキル回避のためにドライバーができること
まず、もっとも大切なことは、いつ飛び出してきてもおかしくないと常に心得ておくことだろう。
そして、次には視野の確保である。
前方180度の視野を万全に確保するためには、座席を高いポジションにとって前方の車の死角を極力消すこと。
左右の視野をより広げ、より飛び出してくる危険が高い左側の視野をより万全に確保して、極力センターライン寄りを走ることだ。
その上で前方車間距離は十分にとり、後続車がいる場合は急ブレーキをかけると危険なので、車間を詰めてくる後続車は必ず先に行かせ、なるべく後方に車を従えて走行しないことが万一の際に急ブレーキをかけられる条件となる。
当然、スピードは控えめということになる。
知床横断道路で、ヒグマの母子と初遭遇
北海道の道を走っていて遭遇する野生動物で圧倒的に多いのは、やはりエゾシカである。
キタキツネも、結構飛び出してくる。
さすがにヒグマと路上で遭遇したことはなかったのだが、夜明けの知床峠を撮影しようと、登っていると、なんと道路のど真ん中にヒグマの母子が突っ立っていた。
知床峠は、北海道の斜里町ウトロと羅臼町を結ぶ全長27kmの曲がりくねった峠道・知床横断道路(国道334号)のほぼ中間、最頂部にあたる標高738mを超えていく峠で、真正面には羅臼岳、眼下には深緑の大樹海、天気が良ければ、遠く根室海峡とそこに浮かぶ国後島を望む大パノラマを楽しむことができる。ただ同じ日でも天候の変化が著しく、11月から雪が降り始め、溶けるのが4月下旬。この間、11月初旬~4月下旬は通行するのが危険で全面通行止めとなるため、日本一開通期間が短い国道と言われている。
そんな知床峠を登っていく途中の道に、真っ黒なヒグマの親子が立っていたのだ。
道路の真ん中に突っ立っていて、飛び出しではなかったので余裕を持って停止できたが、こんな早朝に駆け上ってくる車が珍しいのだろうか、私よりもヒグマの親子の方が驚いた様子で、私が
カメラに手をかけている間に、母も子も、慌てて茂みに逃げ込んで行った。
写真は撮れなかったが、まあ、何事もなくてよかった。
ただ、母グマは相当大きくて、茂みに入ってからの音が他の動物たちとまるで違う。
しばらくガサガサという音が大きく聞こえてきて、さすがにドキドキした。
知床峠の真正面、クマに襲われたあの羅臼岳の中腹で
クマと言えば、北海道だけでなく日本各地でクマによる被害が相次いでいる。
北海道では8月14日、まさに今向かっている知床峠の真正面に見える羅臼岳で、登山中の若い男性がヒグマに襲われて亡くなったことが記憶に新しい。
事件翌日に駆除された加害クマは、体長約1.4メートル、体重117キロのメス熊だった。
大人しい個体で、これまで幾度となく人前に姿を現し、地元では「岩尾別の母さん」というあだ名さえつけられていた。
そんな大人しいクマが、突然豹変して人を襲ったのである。
男性は襲撃される直前、岩尾別温泉に向かって下山していたが、同行者から離れて単独で走っていたという。クマよけの鈴は携帯していたが道幅が狭く見通しの悪いカーブでクマに遭遇したとみられる。そして、ヒグマが生息する山中を走るリスクについては、「クマが防御反応として鉢合わせした人間を襲う可能性は高い」と指摘された。
なぜあんなに大人しかった加害クマが人を襲ったのか
加害クマを知る地元の人たちは首を傾げる。
もちろん、いきなり数メートルの距離に出現した場合や、子連れで防衛本能が高まっている場合など、クマのほうから攻撃をしかけることはあるので安易に近づかないことを大前提として。
山でクマと遭遇した場合でも、クマは「人間とかかわると痛い目にあう」と判断し、距離を取って襲ってこないことが多いという。
そもそも、野生のヒグマは雑食ではあるものの、肉食の割合は意外に少なく、大半のクマは木の実や野草などを食べているという。
そんなクマがわざわざ人を襲ってその肉まで食べるのは、特殊なケースと考えられるというのだ。
一方で、ネット上では「一部の心ない観光客が餌付けしたからだ」と俄かに騒がしくなっている。
本来クマをはじめとする野生動物は人間のことを恐れるものだったのに、今般の事態からはその「常識」が崩れ始めていることが見て取れると。
確かに、クマが何らかの理由で肉食を覚え、凶暴化し、牛や人間を襲撃した例は他にもある。
山中で自然に死んだシカの死体を食べ肉食化することもあるが、「人間による餌付け」もまた、クマを肉食化させるきっかけになりうるというのだ。
餌付けによってクマが人間を恐れなくなることもまた、襲撃のリスクを高める。
これまで人間を恐れて近寄らなかったクマが急に攻撃的になる可能性はあり得るため、「クマの餌付け」はクマを凶暴化させる元凶としてこれまでも固く禁止されてきた。
羅臼の事件の加害クマが餌付けによって肉食を覚え、凶暴化したという指摘の根拠はないわけではない。事実、事件前の男性が襲われた2週間ほど前の7月29日に知床国立公園内で車内からヒグマにスナック菓子を与える観光客が目撃され、知床の自然保護を担う「知床財団」にも通報があったのだ。
もちろんこのクマが加害クマと同一であった証拠はない。ただ、ヒグマは、与えられたエサやゴミをあさったりすることでその味を覚え、しかも忘れないという。最近クマがよく人里へ降りてくるそのためで、観光客がエサを与えたり投げ捨てていった食べ物でヒグマが味を覚えてしまったのではないかと考えられるのである。
キタキツネが最初の犠牲者だった
何せ、峠の真正面は、若い男性がクマに襲われて亡くなった現場である。
峠に着く前には、実際クマの母子に遭遇したし、誰もいない日の出の知床峠はさすがに不気味だった。






さて 慎重に周りを見渡し、車からあまり離れずにしばし知床峠の景色を楽しんで、さて峠を降りかけたその時、あれまあ道路上の目の前に、今度はキタキツネがちょこんと座っているではないか。


知床国立公園では長年、野生動物への餌付け・餌やりが問題になってきた。
中でも問題視されてきたのが知床に棲息する野生のキタキツネへの餌やりで、早くも90年代に「観光ギツネ」として問題化した、そのことを私は思い出していた。
加藤登紀子の「知床旅情」が大ヒットした1970年以降、知床は急速に観光地として整備されて続けてきた。観光バスの往来が盛んになると、なんとこの頃はわざわざバスを停めて、野生のキツネに餌をやる機会を作っていたという。
1980年に知床横断道路が開通すると観光客の数は倍増し、1990年代に約150万人もの観光客が訪れるようになると「観光ギツネ」が問題となったのである。
何が問題になったかというと、観光バスがやってくるとキツネが道路上に現れて餌をねだるそぶりを見せるようになって、バスの通行がままならなくなったのだ。
通常のキツネと振る舞いがあまりにも異なるために「観光ギツネ」と呼ばれた彼らと、いま私の目の前で、私に物欲しそうな視線を投げかけているこのキツネとがダブった。

しばらく私の方を見つめていたが、私が餌をくれる人間ではないとわかると、ようやくそっぽをむいて私の車からゆっくり離れていった。

峠をどんどん下っていくと、今度は風の谷のナウシカ、もとい、路の上のエゾシカ登場である。




彼らも、私と私の黒い車を全く怖がることなく、逃げずにじ〜っとこちらの様子を伺っているのだ。おそらく、いや、間違いなく、車から餌をやる人間がいるから、彼らは私にもそれを期待しているのである。
「違反者への30万円の罰金」は効果薄
ヒグマは、キツネやシカと違って気軽に接近できるわけではない。
しかし、観光客が車の中から餌を投げたり、不法投棄したごみをヒグマが食べるケースが多数目撃されている。
ヒグマより人間が怖いであろうキツネやシカが、人間を恐れなくなっていることは、すでに明らかなのである。ヒグマが人間を恐れずに、まともに戦えば人間など倒せるポテンシャルを持っているヒグマが非常に危険な存在となる可能性を誰が否定できるだろうか。
2022年には自然公園法が改正され、国立公園・国定公園など特定地域等において、野生動物への餌やりや接近行為が禁止され、違反者には30万円の罰金が課されることになった。
しかし近年のインバウンドブームによって外国人観光客が急増。餌付け・餌やり問題は、罰金効果は薄く、逆に深刻化しているという。
もちろん、私はインバウンド急増だけの問題ではないと思っている。
知床横断道路は、観光地化したとはいえ都市部の道路よりずっと通行量が少なく、道路幅も十分広いので、車を左に寄せればじっくりと餌やりを「楽しむ」ことができる。
乗用車で通過する日本人が、こうした行為を繰り返していることは、私に「おねだり」をせんとばかりにじ〜っと私を見つめて動かなかったキツネやシカたちはもちろん、道路の真ん中に突っ立っていたヒグマの母子も、ひょっとするとそのことの「証人」であろう。
ことの行く末を見通せずに、「可愛い」という感情で自分の満足のみを満たす浅はかな人間たち。
安易な餌やりに興じる人間と、我が子をひたすら甘やかしていつまでも自立できないパラサイト状態を作ってしまう愚かな親たちとは、まったく同じだろう。
私はそう思った。
ロードキルは減らせるか
野生生物の交通事故死「ロードキル」を減らすため、国土交通省は北海道、鹿児島県、沖縄県の多発3地域でモデル事業を始めている。
路面に動物のデザインを描くなどで運転手への注意喚起を強化。その効果や走行速度の変化などの検証を開始し、将来的には他の地域にも取り組みを広げたい考えだ。
これまでは道路脇のフェンスや動物の移動用足場などを設置してきたが、事故件数は横ばいが続いており、モデル事業の対象となった3地域は、エゾシカとの事故が多い北海道苫小牧市周辺、アマミノクロウサギが生息する鹿児島県・奄美大島、ヤンバルクイナなど希少種の被害が出ている沖縄県北部。
環境省の出先機関のデータを基に、特に事故が多い国道の区間を割り出しての取り組みだ。
カーナビやスマートフォンの地図アプリを通じて減速を求める音声を流すことも検討しているということだ。私も最近「ETC2.0」に切り替えたが、とにかく「文明の利器」は徹底的に活用して対策として欲しいと願う。