私がリクルートという会社で1987年から1990年まで大阪で課長を務めた時代、上司である部長はTT屋ひろしという人間で、ほぼ3年間、彼と机を並べて仕事をしました。
この部長、自分が考えた通りにうまくいかないときには部下や他のあらゆることに「要因」を探し、全てを自分以外の「誰か」や「何か」のせいにして、自分は悪くないと言い張るのが常の人間でした。
部下の手柄を自分の手柄に、組織としての失敗は全て部下のせいにする、そういう最低な上司だったのです。
そうです。今まさに自民党の裏金問題で「政倫審」が開催されるも、そこで全てを知らぬ存ぜぬ、都合の悪いことを全て人のせいにして、ひたすら自分を正当化せんとする彼らと、全く同じ人種ですよね。
当時はバブルの絶頂期で、接待ゴルフの全盛期でもありました。
ある日、お酒をあまり嗜まないTT屋ひろしは、接待のためのゴルフでその顧客のお酒の相手を私にさせるために、彼は自分の車に私を乗せてゴルフ場に向かったのでした。
「運転者ではなく道が悪い」という理屈
運動神経がかなり悪い彼は、ゴルフ場に向かう山道にありがちなカーブの連続を、スムーズに回りきれない。急ハンドル、急停止、そしてまた急発進の連続で、助手席の私は生きた心地がしない。
「運転を代わりましょうか」
たまらず何度も申し出たが、プライドの高い彼はその提案を頑としてはねつけ続け、なんとかゴルフ場に到着した。
そして事件は、接待ゴルフが終了した帰りの道で起こった。
私は顧客のさんざん酒の相手をした後なので、運転代行はしてはいけない状態になっている。その帰り道で、私は彼に殺されかけたのだ。
TT屋ひろしが運転する車は急カーブを猛スピードで突っ込み、曲がりきれず、谷底へと転落するまさにその直前で急停止したのである。
私は死を覚悟した。もう谷底に真っ逆さまに転落する、ギリギリでの急停止だった。
九死に一生を得たその時。不服そうな顔をして彼が発した言葉に、私は愕然とした。
彼はこう言ったのだ。
「こんなカーブをつくったのが悪いんだよ」と。
彼の理屈から言えば、今日の粟賀GCでのスコアが酷かったのは、ほぼ真向かいにある道の駅「銀の馬車道・神河」で休憩したのが悪かったんだよ」みたいな無茶苦茶な言い訳になる。
「プレーヤーでなく風が悪い」という理屈
ゴルファー最大の敵、スコアを崩す最大要因は、荒天であろう。
中でも「風」。雨よりもずっと厄介なのは、風である。
強風から暴風へ。その強さが増せば増すほどグリーンにボールを乗せるためのショットの難度は上がる。
一つの方向に暴風が吹いているよりもっと厄介なのは、風が舞っていて、目まぐるしく風の方向や強さが変わる場合である。
2024年3月18日、粟賀ゴルフ倶楽部にはその暴風が吹き荒れた。
自分が思うようなスコアが出ない時、多くのゴルファーは自分以外の「何か」のせいにしたいものだ。
風は、その「言い訳」の格好の対象だ。
しかし、みんな同じ日に同じ条件下でプレーしているのである。それなのに殊更大きな声で風のせいにするゴルファーは、単にゴルファーとしての未熟さだけでなく、社会人として人間性そのものの未熟さを露呈することになる。
雨にも負けず、風にも負けず。
たかがゴルフを通じてのことではあっても、どんな状況においても私はベストを尽くしたい。
そして、たかがゴルフをやっている時だけであっても、宮沢賢治のような、そんな人間に、私はなりたい。
そして、せっかくゴルフというものに時間を費やしているのだから、そこで得られるものを大切に、人生をより良いものに変えていきたいと。
そう思っている。
そういう意味では、暴風と戦って83(33パット)で上がった今日の私には満足している。