
「田子の浦ゆ うち出てみれば真白にぞ 不尽(ふじ)の高嶺に雪はふりける」
万葉の歌人、山部赤人が富士を詠んだあまりにも有名な歌で、上記は万葉集の原歌である。
赤人は生没年、経歴ともに不詳だが、奈良時代の下級官人だったことは確かなようで、聖武天皇の紀伊、吉野、播磨などの行幸にお供して歌を詠んでおり、宮廷歌人として活躍。叙景歌に優れ、「万葉集」には彼の歌が長歌十三首、短歌三十六首が入っている。
さて 冒頭の富士の歌の中の「田子の浦ゆ」の「ゆ」とは、通過点を示す奈良時代特有の助詞だそうで、つまり赤人は「田子の浦から視界の開けたところまで出てきくると、真白く降り積もった雪をいただいた富士が目の前に現れた」、と雪が積もる雄大な富士の様子を詠った。
しかし、この原歌が「新古今集」では「降りつつ」として、やわらかな表現になり、さらにこの「ゆ」も「に」に変わって、下のような歌として「百人一首」のかるたで歌を覚えた方も多いのではないだろうか。

さらに、赤人が詠んだこの歌の田子の浦とは、古来、駿河国蒲原、由井あたりの海岸とされてきて、その東には富士山にもっとも近い港「田子の浦港」がある。


葛飾北斎の描いたあまりにも有名な「東海道江尻田子の浦」の略図が1830年頃に書かれた当時、海上交通の要となっていた吉原湊(よしわらみなと)が田子の浦港のはじまりとされる。
しかし赤人が歌を詠んだ場所についても、田子の浦とは「現在の田子の浦(静岡県富士市)とは違う」との説があるのだ。
田子の浦は房総半島南部だという異説
その異説を唱えたのは、江戸時代後期の神代学者、山口志道である。
百人一首を研究した志道は、その著「百首正解」の中で、こう述べている。
「山部赤人は上総山辺郡の産なり、故に赤人の富士を望むといふ歌は安房田子の浦にて詠まれし歌なり、安房郡海辺の総称を鏡が浦といひ、この海に富士の影をうつす故に名とす、右の海辺に田子といふ所あり、その下を田子の浦といふ、赤人ここより富士を望みて詠まれし歌なり、田子の浦といへば駿河にのみありとおもふは東海道に近きのいひなり」
安房とは、養老2年(718)に上総国から分かれた国で、現在の千葉県南部の房総半島南端を指す。赤人がここ安房の国府に行ったことがある可能性は高く、その帰途、「勝山の田子の浦」から船で戻ったとすれば、入り江の湊から船を漕ぎ出し、視界をさえぎっていた浮島を通り過ごすと、突然大きな富士が目の前に現れることに間違いや矛盾はない。
というか、この春に房総半島を旅した際、「安房」から眺めた富士山の姿は、まさに「歌通り」のぴったりの情景だった。私個人としては、異説にも一定の説得力を感じている。
1993年4月スタート、最古参の道の駅「富士」
道の駅「富士」は、1993年4月に第1回道の駅登録時に設置された最古参の一つ。場所は、赤人が富士の歌を詠んだ場所、あ、異説の場所ではなく、(これまでの)定説の場所のすぐそばである。
今でこそ道の駅は集客力が重視され、観光客が集めて地域を活性化できる施設として期待されることが増えているが、1993年当時は単に「ドライバーの休憩施設」としての役割がメインだった。その役割を果たすべく、道の駅「富士」の施設は簡素で利用客も比較的少なく、必要にして十分と思われたギリギリの駐車可能台数でスタートしたのだ。
2019年12月に生まれ変わった道の駅「富士」

その道の駅「富士」は、2019年12月にリニューアルしている。
施設規模そのものは変わらないが、 建物がお洒落で綺麗に生まれ変わり、物産館、レストラン、専門店も一新。魅力的な道の駅に生まれ変わって利用者もぐんと増えた。

しかし、駐車可能台数は上り52台、下り19台、合計71台。以前と変わらない。
物産館、レストラン、削り節工房、テイクアウトショップの4つの店舗は上り線側にあるので、このリニューアルによって利用客は大幅に増えたが、メイン施設がある上り線側の駐車場がとても混雑するようになっている。


一方、下り車線側には小さな蕎麦処しか存在しないため、駐車可能台数は少ないものの、それでも混雑は上りよりまし。歩行者だけ使える地下連絡通路で上り線側のメイン施設も利用できるようになっている。
展望テラスからは迫力の富士山
トイレは、多くの人が利用するので、特に洗面所周りなどに常時どうしても床の濡れはある。しっかり清掃をしていただきているので、便器は綺麗だし、気持ちよく使わせていただいた。



休憩するなら、屋上にある展望テラス。これはもうお約束だろう。


展望テラスから見えるのは、もちろん富士山。
山部赤人が富士の歌を詠んだのは、すぐ近くの田子の浦。道の駅は少しだけ富士山寄りの国道1号線沿いであり、手前の「近代化」を除けば、ほぼ山部赤人が詠んだ富士山の景色とほぼ同じ富士山の姿を見ることができる。

静岡茶、桜えびが人気の物産館
物産館では、静岡茶コーナーの充実がすごい。廉価な「深蒸し茶」から高級ブランドの「黄金富士」まで、よりどりみどりだ。
富士山ビールとして有名な「富嶽麦酒」「富士山バウムクーヘン」たまごパン「こっこ」なども観光客の人気を集めていた。


レストラン「おふくろ食堂」
レストラン「おふくろ食堂」で注目すべきは、駿河湾の幸として有名な「桜エビ」メニュー。ご存知「桜えびのかき揚げ」、桜えびが入った温そば「桜えび華」、「冷やし桜えび華」あたりの人気が高い。


「削り節工房」があって、その場で削った出来立ての削り節を購入することができるし、レストランでこの工房の「削りたて鰹節ごはん」をいただくこともできる。
テイクアウトショップでは「牧場のソフトクリーム」「ジャージークレープ」、下り車線側にある蕎麦処「海老そば屋」でも、桜えびを使ったそばを楽しめる。静岡で水揚げされたしらすは桜えびを凌ぐほどの名物だったが、しらすしらすのうちに今やすっかりとれなくなったしらすの未来は暗い。